第6話 そんな展開、ありなのかしら
パァン!
と乾いた音が響き渡り、私は顔に熱を感じると共に地面に尻餅をついた。
なんてことはない。レイアに平手打ちされたのだ。遅れて痛みがやってきた。ほほがひりひりする。ぶたれたのは生まれて初めてで、びっくりして動けなかった。転んだ拍子に足首を捻ったみたいでそれも痛い。結局お姉様とハリルは両思いだったし、私がしたことが徒労に終わった上この仕打ち。心が虚しくなった。
レイアは鬼の形相をしている。
「こんのぶす! あんたさえいなければ、このハリルはもう少しで婚約破棄して私に落ちるはずだったのに!」
「いや、お姉様にぞっこんのハリルにそれは無理じゃない?」
思わず言ってしまった。
だって、やや歪んでるけど真実の愛っぽいもの。
でも怒り狂ったレイアはまた私の胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「笑っちゃうわ! あんたみたいのが貴族の娘? ミシェルは確かに美人と言えば美人だけどあんたはまるで醜いわね! あんたのせいで台無しよ、このでぶす!」
そしてまたレイアの平手打ちが飛んできそうになった。でも、
「その辺りで止めておけ」
止めに入ったのは、どこかに隠れていたクロだ。クロはレイアの手を掴んでる。レイアが振り解こうとしてるけどびくともしない。
クロはすごい怖い顔をしていた。それでもレイアの怒りは収まらない。
「離しなさい! このぶすにお仕置きをしなければならないのよ!」
「ぶす? ぶすだって? 言っとくけどマグリナの魅力が分からないなんて君は愚かだ。この場にぶすは一人だけ、それは君だよレイア嬢。鏡が家にないのか?」
「な、なによ! このちびは本当にでぶじゃないの!」
「うるさいな!」
クロが大声を出した。
「マグリナを馬鹿にしていいのはこのオレだけだ! お前にはその資格がない、この性格ぶす!」
「なによレディに向かって! 性格ぶすはそっちじゃないの!」
なんと醜い言い争い。レイアの手から逃れた私はお姉様に抱き留められる。お姉様はおろおろとしていた。
「やめろ!」
二人を止めにはいったのはハリルだった。レイアは勝ち誇ったような顔になる。
「わたしの事を好きな男が今からあんたをぶちのめすわ!」
でも、ぶちのめされたのはクロじゃなかった。
「やめるんだレイアちゃん!」
レイアは驚いた顔になる。まさか自分が怒られるとは思っていなかったようだ。ハリルは、というと顔面蒼白だった。
「無礼は君の方だぞ!! この方は……、なぜここにいるのかは分からないが、この方は、隣国のクロフォード王太子殿下だ!!」
「な、なんですってーー!!」
叫んだのは私だった。そしてお姉様も。
クロが、隣国の王子? この、クロが?
クロの頭のてっぺんからつま先まで見る。
確かに綺麗な顔はしているし、尊大な態度をとることはあるけど。いつもはその辺にいそうな青年だ。
当の本人は涼しい顔をしてハリルに笑いかけた。
「ハリル、久しぶり」
「え、ええ。驚きました、あなたがここにいるなんて」
ハリルとクロは顔見知りのよう。ああ、正体がばれたくなかったからずっと隠れていたのね。なるほど。
でも、ええ? 信じられない。
我が儘で俺様なクロはいずれ一国の王様になるって? そしたら国の破滅じゃないの?
あ、そういえば実家が金持ちって言ってたっけ。親父って王様のこと?
そんな展開、ありなのかしら?
私とお姉様は顔を見合わせた。お互い、全然知らなかった。
レイアは即座に笑顔を作り、腕をクロに絡めた。
「なんだあ。王子様だったのね? そしたら許してあげるわ。ねえ、今日の夜空いてる?」
レイア、すごい。タフな女だ。
そんなレイアをクロはウジ虫をみるような表情で見つめた後、体を抱えて、そのまま池に放り込んだ。
「池の水でその魂も洗ってもらえ!!」
クロの叫びとレイアの悲鳴が池に響き渡った。
こうして、お姉様が婚約破棄されないように奮闘した私の物語は終わったのである。
はあ。真実の愛ってなんなんだろう?
ハリルは歪んでるけど、お姉様が幸せっぽいからいいのかしら。お姉様を見ると真っ赤な顔してハリルと微笑み合っていたからまあいいということにした。
でも、この話はもう少しだけつづく。
ここからは私とクロの物語。