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第4話 作戦失敗

 翌朝。

 起きるともうお姉様は学園に行った後で、クロがソファーでぐーすか寝ていたから叩き起こした。


「いた! うわ、なんだ。ちびデブちゃんか」

「うるさいチャラチャラ軽薄人間! 一体これはどうしたの?」


 ソファーの前のテーブルには真っ黒な小さくて丸いなにかが山積みされていた。宇宙人の残した未知の物体みたい。触ると固くて焦げ臭い。不気味。


「どうしたもこうしたもないよ! 大変だったんだぜ。ミシェルちゃん、料理ド下手でさ。なんっかい教えてもなぜか宇宙人が残した未知の物体みたいになるんだ」


 なるほど。じゃあこれは、クッキーになり損ねたかわいそうな小麦粉たちのなれの果てという訳か。たしかにお姉様は不器用だ。こういう結末はあり得る。

 クロは目の下にクマを作っていた。


「結局ほとんど徹夜だよ。なんとか完成させたやつを一袋持ってったけど」

「じゃあ上手く作れたのね?」

「ほとんどオレが作ったけどね」

「よくやったわクロ!」


 いつもなら言い返してくるクロがため息をついたところを見ると、相当疲れているみたいだ。それでも、持っていた可愛らしい包みを取り出した。


「ほら、あげるよマグリナに」

「わあ! 嬉しい!」


 中身はクッキーに違いない。喜んで受け取り中を開けるとバターと砂糖の甘い匂い。クロは生意気だけど、クロの作るクッキーは大好き。クロはなんだかにやにやしている。

 ひとつ食べる。そして叫んだ。


「すごく美味しい!」

「美味しいだって!?」


 驚いた様子のクロ。


「おいしいわけない! タバスコを大量にいれたんだから!」

「な、なにしてんのよ!」


 いつにない親切を疑うべきだった。こいつが優しいときはいつもいたずらを仕掛けてくるのだ。

 でもクッキーはすごく美味しかった。タバスコなんて感じない。

 クロは私からクッキーの入った袋をひったくると、それを割り始めた。


「もったいない!」

「やばいぞこれは!」


 全部のクッキーを割った後でクロは顔面蒼白になる。


「まずい、非常にまずい」

「美味しかったわよ?」

「違うんだ」


 そして嘆きとも取れる悲鳴を上げた。


「ミシェルちゃん、タバスコ入りのマグリナスペシャルを持ってっちまった!」

「なんですって!?」


 マグリナスペシャルと珍妙な名前をつけられた哀れ激マズクッキーが、お姉様の手に……!?

 もしそれを食べたらきっと嫌がらせだと思われてしまう!


「クロ! あなたって人は最低よ!」

「だ、だけどまだ手紙があるだろ! あの、物理的にも精神的にも重い……!」


 そうだ、手紙!

 そう思って机を見る。よかった。昨日書いてたあの鈍器のような手紙はない。ちゃんと持ってってる。あれ?


「私が描いた犬と猫の絵もないわ……」

「ええ!? 犬と猫!? 呪いのわら人形でも描いてるのかと思ってたぜ」 

 

 クロはそれから何かに気がついたようにはっとした。


「ってことは、その絵も一緒に持ってっちまったてことか?」

「大丈夫よ、百歩譲って犬猫に見えなくてもかわいい動物の絵だと思うはず」

「いや、確実に呪いの絵だと思うはずだ。一歩も譲れん」


 私たちは顔を見合わせ、そしてうなずき合った。


「追おう」


 しかし、その瞬間。


「ふええーん! 全然だめだよマグリナちゃん!!」


 玄関の扉がガチャリと開き、お姉様が泣きながら帰ってきた。時既に……ああ、だいぶ手遅れ。

 こんな午前中に泣きながら帰ってくるなんて、きっと朝一でなかよし大作戦を実行し、戦場に散ったということだ。


 お姉様は大号泣しながらぬいぐるみのマグーシェルを抱き締めた。

 

「ハリルにクッキーあげたんだけど、一口食べたら『こんなまずいクッキーを作るほど僕のことが……!』って叫んでどっかいっちゃって、仕方ないからレイアさんにお手紙を渡したの。私の気持ちよって。そしたらお手紙の束の一番上に、呪いのわら人形の絵があったの……。それでレイアさん泣いちゃって……」


 あああああ。

 罪悪感が半端ない。


「お姉様ごめんなさい。それはクロ9、私1の割合で悪いのよ」

「え、オレ九割?」


 謝るとお姉様は悲しげな目をして首を横に振った。


「もういいのよ、私は何をしても裏目に出る。そんな運命を背負ってしまったんだわ」


 そう言って、マグーシェルを連れて寝室に行ってしまった。


「本当に悪いことしちゃったな」


 クロもめずらしくしおらしく落ち込んでいた。



 *



 クロがふらっとどこかに行ってしまったため私は居間に一人になった。

 次の作戦を考えながら紙にペンを走らせているとお父様がにこにこしながらやってきた。


「やあマグリナご機嫌いかが?」

「最悪よお父様」

「おやおや。でもこれを見たらきっと機嫌が治るぞう」


 お父様は空気が読めない。

 楽しそうにくるくるとダンスをしながら私の前まで来ると、じゃじゃん、と何かを差しだした。黒い二つ折りの厚紙だ。


「なあに?」

「お前に結婚を申し込んできた希有な人がいてなあ。釣書だぞう? イケメンでビビるぞう?」


 うきうきなお父様の前で、わかりやすいようにため息をついてみた。


「私、婚約者なんていらないわ!」

「そういうな。ミシェルだって楽しそうじゃないか」


 声を大にして言いたい。ど・こ・が?


「大体、私に結婚を申し込んでくる人なんて、どうせお金目当てに決まってるわ。だって私はちびで太ってるもん」

「いやいや、お前はぱっちり二重だし、痩せれば美人になるポテンシャルは持ってるはず」


 お父様のお話の途中だったけど、私は釣書をばっと奪うと暖炉に放り込んだ。


「ああ! なんてことを!」

「私は結婚なんてしないもん!! 放っておいて!!」


 そう言うと、お父様はしょんぼりと居間を出て行った。婚約者なんていらない。私はかわいくないんだもの。美人のお姉様が幸せになることが、私の幸せ。

 結婚を申し込まれたなんてクロに知られたらきっと馬鹿にされる。あの人にだけは知られないようにしなきゃな、と思った。


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