第3話 なかよし大作戦
「全然だめだよマグリナちゃん!」
お姉様は帰って来るなり、私を抱き締めて泣き始めた。やっぱりあの後も上手くはいかなかったらしい。
お姉様は鞄にいつも入れている掌ほどの猫のぬいぐるみを取り出すとそれをぎゅっと抱き締めた。
「マグーシェル、私、どうしたらいいんだろう?」
こういうところがかわいいのよね。
私は微笑ましくなった。
お姉様が抱えるのは、私の名前とお姉様の名前をとって名付けたお人形だ。お姉様のこういうところをもっと知ってもらえたら、きっと皆好きになると思うんだけどな。
お姉様を励ますために考えていたことを言う。
「作戦を考えたわ! お姉様が皆と円滑にコミュニケーションとるためのね!」
そう言うと、お姉様の顔はぱっと輝く。
「聞かせて聞かせて!」
満面の笑みでせがませるため、こほんと咳払いをしてから話し始めた。ちなみにクロはというと、近くの窓辺で眠そうに本を読んでいる。(薄情な奴!)
「作戦そのいち。お手紙作戦よ!」
「お手紙?」
不思議そうに顔をかしげるお姉様に言う。
「そう、お姉様が人見知りコミュ障なのはもう治しようがないわ! でも、思いの丈を手紙にしてみたらどうかしら!」
「手紙!!」
その手があったか、とでも言うようにお姉様は手をぽんと叩いた。
「確かに手紙なら、自分の思いを伝えやすいかも! それに対面じゃないから緊張しないわ! すごいわマグリナちゃん! 天才よ!」
「えへん」
私は胸を張った。
そしてお姉様は婚約者のハリルとついでにレイアに向けて手紙をしたため始めた。私は手持ち無沙汰になったので、となりで絵を描き始めた。犬と猫の絵だ。すごく上手に描けた。
「マッチ棒の絵?」
いつの間にか本を読み終えたクロがそう言うのでひとしきり喧嘩をした後で、「終わったわ!」というお姉様の声が聞こえた。
お姉様は両手にいっぱいの紙の束を持っている。
「お、お姉様、その量を渡すの……?」
おそるおそる私は尋ねる。その量たるや、凄まじい。我が国の歴史を猿時代から現代まで書いた歴史書よりも多く見えた。
「もちろんよ! ふたりとも、喜んでくれるかしら」
「想いが……重いよ、重すぎる」
クロがそんなことを呟いたのでぽこんと殴った後、「まあ、いいでしょう」と言った。だって、想いは少ないより多い方がいいでしょ?
「じゃあ作戦そのに!」
「まだあるのね!」「まだあるのか!」
お姉様の歓喜の声とクロの呆れた声が重なる。次こそとっておきの秘策だ。
「お菓子作戦よ!」
「お菓子作戦?」
お姉様が首をかしげる。クロは何かに気がついたのかそっとその場を去ろうとしたため、その服の端を捕まえた。
「そう! 真心を込めたお菓子を作って、ハリルさんにプレゼントしてあげるのよ! きっと喜ぶわ」
「うわあ! 素敵!! ……でも私、お菓子なんて作れないわ」
うっとりとした後でお姉様は不安そうに言った。ちっちっち、と私は笑う。
「いつも私たちのお菓子を作ってくれてるのは誰? 近くに偉大な大先生がいるじゃない!」
「あ! クロね!」
それを聞いたクロはうんざりしたような顔になる。めんどくさいと思っているのは明白だ。
「おねがいクロ先生! あなたのお菓子は一級品よ! 王様の献上品に出しても恥ずかしくないくらい美味しいわ! 私は大好き!」
これでもか、というほど褒め称えるとクロの顔は緩んだ。これで結構単純な男。ノリノリでエプロンをし始めた。
クロとお姉様がキッチンでお料理教室を開催している間、暇になった私はなんだか眠たくなってそのままソファーで目を閉じた。
だからキッチンで、そんな会話がされていたなんて知ったのはずっと後のこと。
「まったく、マグリナにうまいこと乗せられた気がするな」
「ごめんねクロ、大変よね」
「いやいや、ミシェルちゃんのせいじゃないよ。楽しいしさ」
「ふふ、よかった」
「でもミシェルちゃん、オレには緊張しないんだよな。普通に話せてるし」
「だってクロは家族みたいなものでしょう? それに、私のことが眼中にないって分かってるし。そういう人が相手だと普通に話せるの」
「眼中ありあり。だってミシェルちゃん美人だし」
「嘘ばっかり。本当に目で追ってるのは誰のことかしら?」
「……敵わないな」
「私は応援してるわよ? でも、あなたはもっと素直にならなくちゃ。意地悪ばかりしてたら、伝わるものも伝わらないわ」
「分かってるんだけどついつい反応が面白くてさ……。だけどオレ、もう少しでここを出て行こうと思ってるんだ。親父が帰って来いってうるさくてさ」
「まあ。マグリナが悲しむわ」
「そのことなんだけど……」