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それでも、現実に生きないといけない。

「この体験にはルールがあります。」


私は、ある男と座りながら、人差し指を立ててルールを提示した。男も真剣に聞くためか、生唾を飲んでこちらを伺う。


「一つ、過去の自分の行動をなぞるようにしましょう。帰りにコンビニで少し高めのアイスを買う程度なら問題ありませんが、そこで人を殺して罪を犯したり、出願する学校が変わるほど自分の過去との乖離を起こすと、記憶と行動とのバイアス値が上昇してしまうため、意識に何かしらの影響が生じる可能性があります。」


中指も立てる。

「二つ、後悔を払拭するのは一度だけです。」


中指を下ろし、人差し指を強調しながら説明する。

「先ほど一つ目のルールを提示していたので矛盾が生じていると思いますが、それに対する緊急措置こそがこの体験の終了トリガーとなり、後悔を払拭するタイミングなのです。

ですから、もしこの体験を終わらせたかったら、手っとり早く適当にバイアス値が高くなるような、普段自分がしないような事をしてみてください。その時に警報が鳴り、安全に貴方を現実に戻します。

そして後悔を払拭する時は、現実に戻ることを念頭に置いといてください。」


薬指を立てる。

「四つ目。自分が行っている行動ならばならば、他者と行動することも可能です。

もし昔の好きな女の子とデートする何てことをしたいならば、事前にスポットをご自身の足で出回り、体験しておいてください。」


小指を立てる。

「三つ目、これが終わったら必ず、本来の自分の過去と体験する過去の違いを思いだし、こちらの、あ、これは終わったら渡します。この紙にご記入ください。」


「そして五つ目」

親指を立てる。その時、私はいつもやるせない気持ちになる。

「これは飽くまでも体験。過去の出来事の踏襲に過ぎません。ですから、存分に向き合い、そして打ち砕かれてきてください。」


私が言うなと、私は私自身を否定したい。しかし、この理解は必要な事なのだ。

男性の目線は落ち、膝の上で拳ができていた。そして、それをゆっくりとほどき、顔を上げた。


「ありがとうございます、それでも過去と向き合いたいのです。よろしくお願いします、烏丸先生。」


その言葉を聞いて安心できたら、私はどれだけ非常なのか。この覚悟を決めた彼のようなの思いを踏みにじる事には、やはり抵抗を覚えてしまう。

過去を再度体験し、擬似的に後悔を払拭する事が出来るという謳い文句で彼のような人を騙しているのだから。

しかし、これこそが私の唯一の存在意義。この研究が未来、


「あの人」のためになるのなら。


「では、こちらへどうぞ。」


私は男性を過去を再体験するための、いや研究のデータ収集のための部屋に案内した。






縦長い、2mほどの大きなカプセルに男性が入っている。体験は、こちらからすればかなり早い。「今」という時間から過去に飛び、そして過去をなぞる。そして過去との乖離であるバイアス値が一定値を越えれば、「今」という時間に帰還する。これは実験による過去の改編を防ぐためだ。コーヒーを喫する時間くらい欲しいものだ。


入って一分弱程で、カプセルが赤く点灯した。

終わったか。

私は彼を迎えに行く。


先ほどから生気が感じられない。被験後の人はいつも、体験した過去が偽りで、現実に戻ったことに多少の落胆をする。はぁ、と差し出した記入シートを受け取り、近くの机に向かった。


「終わりました。」


彼は暗い声でそう言うと、顔色を黒から変えずに紙を渡してくれた。


「どうでしたか?」


「どうでしょうね、何というか、あの子は、ちゃんと俺のわがままに付き合ってくれましたよ。夏休みにプール行ったり、宿題一緒にしてくれたり、自由研究にも付き合ってくれた。ちゃんと誘っておけば、こんな過去もあったんだなって。」


男性は自嘲気味に笑った。しなかった過去を振り替える。これは反面、自分がしないことで得られなかったもう一つの過去を垣間見る事が出来る。だが、それは現実ではない。どんなに過去を振り返ろうとも、過去を変える事なんてできはしない。本来ならば。


私は男性に何も言わなかった。何を言えば良いのか、半年はこのデータ収集をしているが未だに分からない。辛い現実に引き戻されたのだから。


「西藤東輝さん、ご利用ありがとうございます。」


とぼとぼと帰路につく男性に、精一杯の会釈。彼が、明るい未来を生きられますように。



彼と1000字の夏休み(終)

この話は私が別で書いている『いじめられっ子ニートは時を越える』に繋がる話となっております。まぁかなり後に繋がってしまうのですが、良ければそちらもご覧頂けたら幸いです。

ありがとうございました。

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