Not Understand ~ Maiden’s side ~
いつもはうるさいくらいにしゃべる男が
その夜はひと言も話をしようとしなかった。
ただ、酔っていた。珍しいくらいに。
気が付くと男は私の隣に寝そべり
何やらひどくぼやいていた。
枕に顔を埋め、耳まで赤く染めて。
「覚えたてのガキじゃあるまいし……」
私はうんざりと息を吐いた。
後悔するくらいならば
手を出さなければよいものを。
「いつまでそうしているつもりだ?」
焦ったいと問い掛ける私に
男は小さく息を洩らした。
ゆっくりとこちらを振り返る。
柔らかなまなざし。
あれだけ泣き言をほざいていたというのに
男の顔は驚くほど穏やかだった。
私はこの目を ――― 包み込むようなまなざしを憶えている。
「お前がそんな目をするとはな」
思わずそう呟くと
男はまたひとつ息を吐いた。
同じまなざしをくれた彼とは
もう二度と会うことができない。
私はまだその意味を知らない。
それなのに、どうして ―――
「寝なさいよ、もう」
不意に強く抱き締められる。
頬を寄せた肌は熱を失い、
今はただ静かな鼓動を伝えるばかり。
明日には全て元通りになるのだろう、と思う。
男も、我々の関係も。冷え切ったこの肌のように。
けれど ―――
熱く燃える瞳も、縋るように名を呼ぶ声も、
痛みも ――― 男が刻み付けた傷の鈍い痛みも、
私はきっと忘れることができないのだろう。
あのまなざしと同じように。
「明日の夜もまた……」
約束はできないとわかっているのに。
日本語題:彼のまなざし




