Damsel in Distress
「おはようございます。お目覚めですか」
ビロードのカーテンを開ける。
さわやかな初夏の風が心地よい。
「ご気分はいかがでしょう。白湯をお持ちしましたよ」
切子のグラスを差し出す。
白い肌に深い藍がよく映える。
「御髪を整えましょう。お召し物はこちらでよろしいですか」
長い髪を梳き、リボンで結ぶ。
流行りのドレスは似合うだろうか。
「朝食の玉子はどうしましょう。オムレツになさいますか。それとも ―――」
固く引き結ばれた口元に目を落とす。
わたしはあなたの顔を覗き込んだ。
何でもしますから、とほほ笑みながら。
「遠慮なくおっしゃってください、さぁ」
黒い瞳にようやくわたしが映る。
じゃらじゃらと鈍い音が響き、
ゆっくりと細い腕が差し出された。
「では、この枷を外してくれ」
じゃらり、と手錠が鳴る。
わたしはそっと首を振った。
「それはできません」
深いため息が洩れる。
あなたはぼそりと呟いた。
「逃げ出すつもりはないというのに……」
あぁ、とわたしはまたほほ笑んだ。
あなたのその言葉を、誠心を、
信じることができたらどれほどいいか。
けれど ―――
「それだけはできないのです」
あなたはわたしのものではないから。
いつか連れ去られてしまうから。
だから、どうか ―――
「朝食後は庭の散歩をしましょう。白い花が ―――」
傍にいてほしい。
離れないでほしい。
「ゼラニウムが咲き始めましたよ」
あなたが救い出される、そのときまで。
日本語題:悪役とままごと




