7.(リゼル視点)王子の嫌悪
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リゼルは突如決定された舞踏会の話を聞いた時、突然のことに言葉を失っていた。
「……そんなこと、決めた覚えはない」
「ええ、宰相とローズ公爵が主体となって開催されるとのことです。外交目的ではなく、あくまで慰労を目的としておりますので、お耳に入るのが遅くなったのかと」
従者の説明を聞いても、リゼルには何一つ納得できることなどなかった。
そもそも何故、立場としては敵対していると言ってもおかしくない宰相と公爵が協力して行おうというのかが不明瞭だった。
二人の共通点といえばリゼルの婚約者を選びたい、ということだけだ。
だが、まさかこうも早く強硬手段のようなことに及ぶとは思わなかった。
(公爵のことだ。マリーの事に気づいているだろう。こうも行動に移すなんて……)
思わず表情が歪む。
リゼルが調べた限りでは、エディグマ家は宰相の派閥にも、ローズ公爵とも繋がりはない。更に辿ってダンゼス家とも王家とも何一つ関係性はなかった。
全く政治に関わることがない女性であったことは、リゼルを大きく安堵させた。それと同時に政治の道具として扱われることを危惧した。いくらまだリゼルの片想いだとしても、それだけで利用する価値がついてしまう。かつての自分がそうであったように、周囲の大人に傀儡とされるよりも前にリゼル自ら守らなければならない。
不安は尽きない。弱小な立場である男爵家に圧力をかけてくる可能性も捨てきれない。
あまりの圧力から、嫌々告白を受け入れようとするかもしれない。それどころか、家族全員王都から追放される可能性だってある。
(そのことに今更気付くなんて遅すぎる……)
リゼルは考えを振り切るように首を振った。
それ以上に心配すべきことは、リゼルがまだマリーに真実を伝えていないこと。
そして、舞踏会までに明かさなければいけない、という事実だ。
夢のような時間は、こうも呆気なく終わりを知らせてくるのかと、リゼルは拳を強く握りしめた。
舞踏会もあと数日後だというのにリゼルは未だにマリーへ伝えることが出来ずにいた。まるで見計らうように昼食の時間が調整できずにいた。今日もタイミング悪く隣国での会議に参加するよう言われていたため、マリーに会うことは出来なかった。
ようやく終わり、今はディレシアス国の城門に向かい馬車を走らせていた。
普段よりも外交用に着せた服は華やかであり窮屈でもあった。整えた髪立ちを早く崩したい気分だ。
(やっと時間が取れる。今日こそマリーに伝えたい)
そんなことを考えていたからだろうか。
馬車の窓からマリーに似た女性をみかけた。気になってもう少し覗いてみれば、見間違いではなく確かにマリーだった。
手に多くの荷物を持ちながら城に戻っている最中のようだ。
出来れば彼女の元に駆け寄り、彼女の荷物を持ってあげたい。
しかしそれもできない。
項垂れる赤い髪に触れ、馬車の椅子に座り直した。
(ああ、でもやっと彼女に伝えられる)
馬車が停まり入城の手続きを行なっている。どうしても気になってしまい、こちらが見えないように後ろの窓からマリーを探す。彼女は深々と頭を下げていた。
馬車が進んでしまったため、姿が見えなくなってしまう。
暫く馬車に揺られながら、いつ言うべきか考える。今日はもう夕刻も過ぎてしまった。今まで会っていた時間は昼だと考えれば、不謹慎に思われないだろうか。
それに、帰っても隣国と行った会議の報告があったはずだ。そうなればもう、今日は会うこともできない。
「……停めてくれ!」
御者に声をあげると、慌てた様子で馬を止める。突然の停止に馬が少し暴れる。
馬車の中から飛び出したリゼルに御者や護衛の兵が慌てて声を掛けるが、彼らに捕まるよりも前にリゼルは走り出した。
「すまない、急な用件だ! すぐに戻る!」
王子としてはあるべき行為ではないと分かっている。
それでも、今しかリゼルという一人の人間として彼女に接する機会がないと思うと、躊躇もせずに走り出した。
城門に戻り辺りを確認するがマリーの姿は見当たらない。
ならば、使用人の建物に移動したのかもしれないと更に走る。
整えた髪は乱れ、正装した服も走ることで乱れてくるがリゼルは気にもせず走り続けた。
少し離れた先で、黒服の男が物凄い気迫で走る姿が見えた。
不審に思い警戒すると、男はリゼルの気配に気付いたのか、すぐさまその場から離れ去った。
男が去った先に見えたものは、リゼルが追い求めていた女性が、必死になって走り逃げている姿だった。
まさか、と思った。慌ててマリーを追いかける。同時に、先ほどの男の行方を探す。既に城内の林に溶け込むように消えていた。
「マリー、マリー!」
リゼルは必死で逃げようとするマリーの腕を掴んだが、彼女は恐怖から無我夢中で抵抗する。
もう一度彼女の名を耳元で呼びかけながら、マリーを強く抱き締めた。
「大丈夫ですか? 落ち着いて、呼吸を整えて……」
ようやく相手がリゼルであること理解したマリーは、大きく息を乱しながらリゼルにもたれかかった。
リゼルは今にも倒れそうなマリーを更に強く抱きしめる。
誰が……いったい誰が、マリーを?
彼女に指一つでも触れた男が許せない。
我を失いそうになる怒りを落ち着かせることができたのは、リゼルの腕の中で僅かに震えながらも目を合わせてくれるマリーの存在があったからだ。
「リゼルさ、」
マリーの瞳が安堵した表情から一変して凍りついた。
彼女の瞳の中には、赤い髪が映っていた。
なし崩しのように正体を告げて。
拒まれるよりも前に想いを告げた。
あれほどの恐ろしい目にあった彼女に、我先に自身の感情を押し付けた。
「こんな風に彼女を苦しませたいわけじゃなかった……」
暗闇の自室、明かりも付けずにリゼルは呟いた。
王子である事を知ったマリーは距離を引こうとした。それをリゼルは受け止めたくなかった。ダメと言われようと無理に想いを告げた。
その有様は、リゼルが嫌う自身の父と同じように思えて嫌気がさした。
(ごめん……マリー……!)
それでも諦めることができないほどに想いは咲き誇り、自ら枯らすことすらも出来ない。
彼女を襲った男の正体も分からない。従者やアルベルトら騎士団にも伝え、マリーへの警護を彼女に分からないよう指示をした。
それでも不安は拭えない。
「僕が彼女を護れたらいいのに……」
リゼルは騎士ではない。王子だ。
たとえ慕う女性を護りたくても、自らの手で護るのではなく兵に命じるしか出来ない身の上。
その事実は、昔から知っていたというのに。
今はその身が呪わしかった。