6.真実と告白
今日は衣装室で貸し出されるドレス選びの日だった。
あまりにも借りたい侍女が多かったため、順番に呼び出される。階級ごとに呼び出されるため、私は後半の順番だった。
既に選び終えたニキは興奮気味に衣装室の話をしてくれた。あまりに多すぎて時間が足りない、それでも上等な流行のドレスは既に予約済みだ、とも。
ローズマリーだった前世の頃に何度か入室したことがあった衣装室。中に入れば前世の頃に見ていた景色とあまり変わっていなかった。ドレスの種類が華やかになっていたり、古くなっていた椅子が新調されていたりはするけれど、私は懐かしさを覚えるその部屋に入り、幾重にも並ぶドレスをぼんやりと眺めていた。
デビュタントの時、針子だった友人とドレスを仕立てていた事を思い出す。その時と似たマーメイドラインのドレスを見つけ、一着手に取った。
試着室に入って着替えてみる。
淡いオレンジ色のドレス。流れるように刺繍が入っている。左肩から袖にかけて流れるリボンのようなデザインが可愛らしいアクセントになっていて気に入った。
姿見で全身を確認してから、私はドレスを脱いで私服に着替え直す。
「これにします」
「もう? よろしいのですか?」
傍に控えていた使用人に渡せば、驚いた様子で私を見た。周りの侍女達は何着も手に取っては試着室に行き来している姿を見ていれば、試着も一度だけで決めた私を不思議に思うのも確かだった。
「はい。あとはアクセサリーを選びたいのですが」
「アクセサリーは隣の部屋です」
衣装の間を出て隣の部屋に進もうとするが、中はとても混雑していた。
装飾品は細かいものまで用意されている。イヤリング、ネックレス、指輪、アンクレット、靴まで。
量が多いため、盗難に合わないよう徹底的に管理されており、そのためか一人に対してかかる時間も長い。
見れば最初の頃に呼び出されたはずの令嬢が未だに選び悩んでいる。
(これだと一日待っても終わらなそう……)
私はアクセサリーを借りることを諦め、入った部屋をすぐに出ることにした。
衣装選びのために今日一日は仕事が休みなので、私は残りの時間をどう過ごそうか考える。
滅多に行かない城下町に行ってアクセサリーを見るのも良いかもしれない。
思い立ったからにはすぐに実行したくなって、一度部屋に戻り少しばかりのお金をバックに入れて街に行くことにした。
城門で通行の手続きを取ってから街に降り立った。
賑わい人が多い。活気があって見ているだけで浮足立つ。
私は点々と露店を覗いては家族や友人への土産、アクセサリーなどを見て回った。家族に送る手紙の便箋を選んだりもした。
途中で見かけた本屋に寄ると、エディグマでは続刊が出ていなかった小説が何冊も出ている。買うには量が多いため、一番続きが気になっていた小説だけ選んで買うことにした。
「買いすぎたかな……」
バッグに入りきらない荷物は手で持ちながら来た道を戻る。
気づけば時刻は夕刻を過ぎていた。そろそろ戻らないと夕食の時間に間に合わない。
少しばかり足早に戻っていると、城門の入口に大きな馬車が停まっていた。複数の騎馬兵が馬車の周囲を囲んでいる。恐らく貴族か王族が乗っているのだろう。
私は走っていた足を止め、その場で立ち止まった。
馬車から降りる前に周囲が敬礼をする。私は慌てて頭を下げた。
「お帰りなさいませ、リゼル王子」
「お帰りなさいませ」
門番兵や使用人が声を揃えてリゼル王子の名前を呼ぶ。
私の下げた頭の前にある胸が、ドクドクと煩く鳴り出す。
こんなに間近でリゼル王子を拝見したことはない。
今、顔をあげて王子の顔を見れば。
真実を知ることができる。
(どうしよう……)
何故か怖くて顔をあげられずにいる。
硬直したようにお辞儀をしたままでいると、次第に周囲から人の気配が薄れていった。
緊張しながらゆっくりを顔をあげる。そこにはさっきまで留まっていた人の姿は無く、いつもの城門前の光景に戻っていた。
(ホッとしちゃってる……)
思わず安堵のため息が出て、私は苦笑してしまった。
あと数日で舞踏会も行われ、真実が分かってしまう日も近いというのに、私はギリギリまでリゼル様が王子かどうかを知りたくないらしい。
気を取り直し、城門を通り抜ける。
行きにも顔を見せた門兵に会釈をすれば、門兵も私のことを覚えていたらしく小さく頷いた。
城門から使用人向けの住居がある建物に向かい歩き出す。
正門通りではなく、裏門側から入る建物は人通りが少ない。まだ他の使用人は仕事中か、もしくは衣装選びに時間をかけているのだろう。
このままでは夕食を食べ損なう人が多数いるかもしれない。
建物の入口前で、突然腕を掴まれた。
急な衝撃に驚き、手にしていた荷物を全て落としてしまう。
「えっ……」
いきなり掴まれた恐怖で身体が強張る。何が起きたのか分からず、必死で抵抗するけれど身体は自由に動かない。
(何…? 何が起きたの?)
分かることは、誰かが私を拘束しようとしていること。
恐怖心が襲う。それでも、どうにかして逃げ出そうと身体を無理やりにでも動かした。けれど相手は私以上に力が強く、全く動じない。
せめて誰の仕業か確認したくて相手の顔を見ようとしたけれど、その前に顔を布か何かで覆い被された。叫ぼうにも口元は押さえつけられている。
(ダメ……! このままじゃダメ!)
私は力いっぱい足を振り上げ、後ろから押さえつけている相手を蹴った。幸い靴の踵部分が見事に当たったらしく、「うがぁっ」という低い男性の声が聞こえた。そこでようやく男性の仕業だと分かった。
腕を全力で動かし、緩んだところで身体を無理やり相手にぶつけた。
男性は衝撃で倒れるけれど、私も一緒になって倒れてしまう。けれどすぐに立ち上がり一目散に走り出した。
必死で走る。捕まらないように、人通りの多い場所へ!
今になって恐怖が襲ってきて涙が溢れてきた。足もガクガクと震えている。
まさか、王宮の中で襲われることがあるなんて思わなった。しかもどうして私が。
何も恨まれることなんて無いと思っていた。ローズマリーだった頃ならまだしも、今の私にはそんな価値なんてないと。
走る私を掴む腕が伸びてきた。
私は思わず悲鳴をあげた。
「マリー、マリー!」
恐ろしくて暴れ逃げようとする私の耳元で聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。
私を守るように抱きしめる手が背中に回る。
「大丈夫ですか? 落ち着いて、呼吸を整えて……」
はあ、はあと息苦しいほど呼吸を乱していた私の背中を撫でる声。
私は体中から安堵するのが自分で分かった。ああ、こんなに落ち着けるなんて。
もう大丈夫だという安心から、涙が溢れたままの瞳で、私はリゼル様を見た。
「リゼルさ、」
その瞬間、呆気なく答えが出た。
私を抱きしめる青年の髪色が。
燃えるように赤かったからだ。
「マリー。どうしたの? 誰かに追われているの?」
リゼル様は、真剣な表情で私を見つめる。我に返った私は頷いて、どうにか呼吸を落ち着かせた。
「急に男性に拘束されました……布か何かを被されて、何処かに連れて行くような行動をされたので逃げ出して……」
「そんな……!」
抱きしめる腕の力が強まり、私の肩を抱きながら王城の中へと歩き出した。
「誰か!」
リゼル様が声を掛けると、数人の兵が近づいてきた。リゼル様は事情を説明し、城内の不審者を見つけるよう指示をする。周囲に人が集まるより前に、私を城内の一室に案内してくれた。
部屋は来客の待合室で、こじんまりとした小さな部屋だった。中にはくつろぐためのソファとテーブルがあり、リゼル様はゆっくりと私をソファに座らせてくださった。
「リゼル様……」
「マリー。大丈夫?」
心配そうにサファイヤの瞳が私を覗く。私の頬を撫でる手のひらの温もりを感じて心が落ち着いてくる。
「はい……ありがとうございました」
「怖い思いをしたところ悪いけれど、さっき言った話を詳しく聞けるかな」
私はそのままポツリポツリと経緯を説明した。よく分からないことばかりで、詳しく説明できることもないのにリゼル様はじっと私を見つめながら聞いて下さった。
説明をする間も、私はリゼル様の赤い髪に目が釘付けになってした。
私の予想は的中した。
黒髪のリゼル様は、正真正銘この国の王子、リゼル・ディレシアス様だった。
その事実に私は驚くと同時に諦めるような気持ちを抱いた。
説明し終えた私の両手を掴み、リゼル様は優しく握りしめた。
「怖い思いをしたのに話してくれてありがとう。もう二度とこんな思いをさせない」
「そんな……」
「貴女が襲われた理由は確実に僕にあるのだと思わない?」
寂しそうにリゼル様が微笑んだ。
「あ……」
その場が静まりかえる。
「……さっき城門でマリーを見かけたから、思い切って真実を告白しようと思って戻ってきたところだったんだ。タイミングが良かったみたいだけど、こんな形で正体を明かすとは思わなかったな」
リゼル様は気を紛らわせるように微笑んだ。いつも見せてくれた愛嬌ある優しい笑顔。
「ずっと黙っててごめんね」
「いえ……いえ、リゼル王子。そのような」
「ねえ、マリー。いつもみたいに呼んでくれる? 王子なんて呼ばずに僕の名前を」
「そんな」
「お願い」
許しを乞うようにリゼル様の瞳が私を見上げている。髪の色を誤魔化していただけなのに、どうして髪色が変わっただけでこんなにも彼が輝かしく見えるのだろう。
私はさっきから止まらない鼓動が煩さくてどうしようもなかった。
「マリー。お願い。僕を拒絶しないで」
「リゼル様……?」
「ああ、マリー……!」
感極まるように抱きしめられた。
何が起きてるのか分からなくて、私はそっと腕で身体を引き離そうと動く。さっき襲われた時のように全力は出し切れず、我ながら弱々しい抵抗。
「舞踏会が始まる前までに告げようと思っていた。ずっと黙っていてごめん。貴女に身分を明かして逃げられてしまうことが怖かった……」
逃げようとする私を優しく、けれど離さない意思を持ってリゼル様は抱きしめる。
「ねえ、マリー。どうか僕の想いを身分を理由に断らないで聞いてほしいんだ」
「いけません……」
「貴女に想いを告げさせて」
「ダメです……っ!」
ダメ。
惹かれる想いを止めないと。
私はリゼル様の背後に時折映るローズマリーの元婚約者の姿が浮かび上がった。そして、リゼル様と同じ赤い髪をした女性の姿を。
「ただ一つだけの我が儘をどうか言わせて」
潤んだサファイヤが宝石のように輝いて私を見る。
泣きそうに微笑んで、その唇が開き。
「貴女が好きです」
私は、聞いてはいけない事実を受け止めた。




