結婚式の後
本編で全く甘い雰囲気出せなかったので、せめておまけで糖分出してみたかったので。
挙式も終えて、新しく構えた新居に移り住む事になって。
数少ない使用人に寝る準備を手伝ってもらってから、私は夫婦同室となった部屋の寝台の上で硬直していた。
ついに、ついに来た。
いわゆる初夜ね。
知識では知っているけれども、実体験は勿論初めての事で今から緊張でどうにかなりそうな状態。
アルベルトは騎士団や王宮の方と祝いの場にまだいたけれど、私はそれより少し前に帰らせてもらった。使用人曰く、準備に時間が掛かるから少し早く戻るように言われていたから。
準備って、何?
混乱ばかりしている間に、あれよあれよという感じで華やかだった化粧は落とされ、レイナルドが特注してくれた、又はいつの間にか勝手に作っていたともいうウェディングドレスも既に脱いで、今は使用人によって用意されていたナイトドレスを着ている。
そう、このナイトドレス。
恥ずかしすぎて直視出来なかったためガウンを着て隠している。
世の女性は夜になるとこんな寝巻きを着て待っているものなのか。
それともこれが王都流なのだろうか。少なくともエディグマではそんなことは無かった、と思う。結婚した友人はいたけれど、そんな話は一度たりとも聞いたことがない。
全てが初めてのこと尽くしである状態で、ただ夫の帰宅を待つという状況がとにかく恥ずかしく、私はいてもたってもいられず広い寝台の毛布にうずくまることにした。
このまま寝てても許されるのでは。
と、思っていたところだけどタイミングを合わせたかのように、アルベルトが部屋に入ってきた。
「マリー。遅くなってすまない……もう寝たか?」
帰宅してすぐに入浴し終えたらしいアルベルトの前髪は少し濡れていた。普段はまとめあげた髪が下がっていつもより若く見える。
「起きてます……お帰りなさい」
「うん。ただいま」
毛布の中から顔を出しつつ、アルベルトに告げれば彼はとろとろの卵料理みたいに甘い顔をして私を見た。
式の間、ずっと彼が私を見る視線が優しくて。本当に愛しそうに見てくれた事を思い出すと、トマトのように顔が赤くなってしまう。
それにしてもさっきから食べ物の例えばかりしてしまうのは、私はお腹が空いているのだろうか。
「疲れていないか?」
「大丈夫です。アルベルト様の方がお疲れでしょう?」
式の後から来賓への挨拶、騎士団員から祝われて。私以上に顔も広く立場もある彼は、そう簡単に式から抜け出せなかったのも事実だ。
「マリーが待っていてくれると思うと足取りも軽くなる。それより」
アルベルトが寝台に座る。柔らかな寝台がアルベルトの重みで僅かに沈む。私は毛布にくるまったままの状態で、間近に迫るアルベルトに見下ろされる。
「姿を見せてくれないかな? マリー」
僅かに耳元へ近づけて囁く声がこそばゆくて、私は少し距離を取りつつ体を起こした。毛布は体に覆ったままで。
恥ずかしさから小さな抵抗を見せているなんて、アルベルトにはお見通しのようで笑いながら私の乱れた髪をひとつずつ直してくれる。
「もう結婚したんだから呼び捨てでもいいのでは?」
アルベルトに言われ、そういえば以前にも呼び捨てで構わないと言われたものの、立場もあるため様付けのまま定着していたのだった。
私は口を開いた。
「アルベルト……これでいいですか?」
「うん。ありがとう、マリー」
名前を呼び捨てにされただけでうっとりとした表情をするアルベルトが私の頬に口付ける。
婚約してからの彼は、今まで見せてきたことがない恋人としての姿で私に接してきてくれた。
ローズマリーの頃にも、騎士団侍女の時にも知らない、恋人としてのアルベルトはとても甘い。菓子砂糖のように甘い。
流れるように頬へ、指へ、時には首筋へと口付ける。
言葉にせず、さり気なく触れる指先から愛情を伝える。
彼は、愛情を言葉にすることは苦手だという。舞踏会で思わずといった形で告白したように、言葉を想いにする事には慣れていないと言っていた。
でも、それを補う以上に、アルベルトの瞳が、指が、私に触れるだけで想いを伝えてくれる。
上辺だけではないアルベルトの想いを、私はひたすらに受け取る婚約期間だった。私から返すには恥ずかしさもあって、どうにか向けられた視線を受け止めて、触れられる指に手を重ねることしか出来ない。
私だって彼が好き。
けれども上手く想いを伝えられていないのではないか。
そんな風に思うぐらい、アルベルトが好きだと彼は分かってくれるだろうか。
「早く会いたくて仕方なかった」
「私もですよ」
頬に触れた口付けから、次は唇をそっと重ねてくる。
焦茶色の瞳がぶつかる。
間近で見れば、若く見えるアルベルトだけれども、やはり年月を刻む皺が少しだけ見えた。
「苦労した顔してますね」
「それはまあ……年も取ったから苦労も増えたよ」
「目元に隈と皺がある」
「早く式を挙げたくて頑張ったし、皺は……書類仕事が増えたからだろうな」
冗談まじりに言って笑うアルベルトに、何か込み上げる想いが溢れて私からしがみついた。
「マリー? どうかしたか?」
私からしがみついてくるなんて珍しいせいか、不思議そうにアルベルトが聞いてくる。そして、しっかりと腕で抱きしめ返してくれる。
「何だかアルベルトとこうしたくなって」
「すごい誘い文句だ」
アルベルトの目に刻まれた皺は、ローズマリーの時には無かった。
年月の重みを改めて感じて、私は少し寂しくなった。
けれども包み込むように抱き締めてくれるアルベルトの温もりが嬉しくて、ずっと抱き締めあっていたかった。
「こうしているのも嬉しいが、先に進んでも?」
目線を合わせて聞いてくるアルベルトが、遠慮はしながらもやはり態度で示してきているようで。
触れてくる指先の熱は感じたこともないぐらい熱かった。
私も言葉にするのが苦手なので、その問いに指を絡ませて答える。
「やっと貴女を独占できる」
これ以上の会話は無駄とばかりに唇を覆われた。
気付けば薄暗く灯された部屋の明かりの中。
初めての体験で何もかも無我夢中でしがみつきながら。
翌日、しっかり脱がされていたナイトドレスを先に目覚めたアルベルトに発見されて。
私は恥ずかしさで憤死することになった。
本作のレーベル、発売時期が決定しました!
マッグガーデン・ノベルズ様より秋頃発売予定です。
詳細が出ましたら活動報告やtwitterにあげつつ、記念に何か小話でも書きたいなと思います。