39.最後に辿り着く場所は
あまり物事に動じない父親ではあると思っていたけれど。
まさか転生云々の話まで通じると思っていなかった。
呆然としか言いようのないアルベルトと私の様子に父が不思議そうに私達を見返す。
「違ったかな。マリーが小さい頃からマナーを知っていたから、てっきりそうなのかと思っていたんだけど」
「ううん、合っているけど……でも、どうして?」
本来なら頭がおかしいと言われても仕方ないことだった。過去に実例も無い、架空の物語で語られるような事実だというのに、父は普段通りで疑う様子すら無かった。
「いや、マリーが生まれ変わりだと言うんならそうなんじゃないかなって」
「私の言葉だけで?」
「小さい頃もそれっぽいこと言ってたしね。覚えていないらしいけど」
全く覚えていない。前世を思い出したことさえ最近だ。
「マリーが幼い頃、どのような事を言っていたのでしょうか」
アルベルトが問う。ローズマリーの事もあるため、余計に気になるのだろう。
父がしばらく考え込む。
「さっき言ったように次も母さんがいいって言うのは時々言っていたよ。あとは、私でも知らないような難しいマナーを知っていたかな。とにかくマナーが良い子だったよ。だってマリー。お前、エディグマでカーテシーなんて学んでいないんだぞ」
「え? そうなの?」
気がつけば身についていたマナーだったので意識すらしていなかった。言われてみればいつ覚えたのだろう。
「そうだよ。食事のマナーもそうだし、お辞儀の仕方が丁寧でね〜。よくお客さんに褒められたね」
当たり前のようにやっていたけれども。確かにエディグマでマナーを教わった記憶が無い。家庭教師に教わった知識以上にマナーを覚えていた。そして、どうしてその知識を持っているのか不思議にすら思わなかった。
「当たり前すぎて気付かなかった……!」
「ローズマリー様は徹底的にマナーを教え込まれていましたからね」
それが生まれ変わった魂にまで刻まれているだなんて恐ろしすぎる。
他の知識は覚えていないのに。マナーだけは覚えているなんて。
妃候補の教育って怖い。
「ローズマリー! そっくりな名前じゃないか。素敵な婦人だったのだろうね」
嬉しそうに騒ぐ父だけれども、そういえば実際に誰だったかまでは伝えていなかった。
なので、とりあえず席に座って事の経緯を説明したところ。
ようやく事態の凄さを理解した父親が。
「何だか……今まで家畜の世話をさせてきたのが申し訳なくなってきた……」
とだけ後悔していた。
その日の夜。
アルベルトは仕事のために先に王都に戻っていった。私はまだ故郷を満喫するために二日ほど過ごす予定を立てていた。
「迎えに来るから」と告げ、立ち去る時に頬に軽い口付けをして去っていったアルベルトの背中を、見えなくなるまで見送ってから屋敷の中に戻った。
中では父が料理を作っていた。食事が趣味の父が作る手料理は美味く、この腕さえあれば身分を剥奪されても食べていけるだろう。それどころか、料理人という職業こそが実は天職なのではないかと疑うほどのレベルだった。
「今日はマリーの好きなミートパイにしてみたよ」
「嬉しい! ありがとう」
テーブル席に着いていると料理を出され、二人だけの食事が始まった。赤ワインを注いだ父が私に向けてグラスを掲げる。
「婚約おめでとう」
「ありがとう」
グラスを掲げ、ワインを飲んだ。安価で買った飲みやすい赤ワインの味が懐かしかった。
食事を摂りながら沢山の事を話した。
王都での生活や騎士団の様子。少し前まであった騒動を、心配させない程度に誤魔化しながら話をした。
最後にローズマリーの事も。
「ずっと眠っているような、それでいて夢の中にもう一人の私がいるような不思議な感覚だったわ」
ローズマリーを側に感じる時の様子を説明する。生まれ変わりだというのに時々感じる彼女の気配を説明することは、いつも説明し辛かった。
「彼女の記憶を思い出したのは本当に最近だったの。王都に行く前に気を失ったことがあったでしょう? それがきっかけだったわ」
「あの時か」
紐を首元に引っ掛けたことを契機に思い出した前世の記憶。
思えば全ての発端はそこからだったのかもしれない。
「不思議な話だな。記憶を思い出さなければきっと国の未来まで大きく変わっていたかもしれない。そして、お前に婚約者が現れることも無かったかもしれない」
「それは……そうかも」
記憶を取り戻さなければ、きっと何事も無く王宮の侍女として働き。
その間にきっとレイナルドとアルベルトは王家に復讐をしていたのかもしれない。
「私が思うに、前世を思い出した事には何かしら理由があったのかもしれないね」
「理由?」
「そう。ローズマリー様がローズ卿やアルベルト殿を救いたかったのかもしれないし、王都を救うために何かしらの力がマリーの記憶を呼び起こさせた……というのはどうかな」
「まるでお伽話が書けそう」
父のとんでもない話を聞いて笑ったけれども、もしかしたらその通りなのかもしれない。
誰かがこの未来を望んだから、私が記憶を取り戻した。
そうでもなければ一生ローズマリーの事を思い出すこともなく。魂に刻まれるぐらいに覚えていたマナーを不思議に思うだけで終わっていたのかもしれない。
「ただ一つ、ハッキリと分かっていることはあるぞ。どんなことになろうとも、マリーは大事な私の家族だよ」
父が照れ臭そうにウィンクしながら言ってくるものだから。
その言葉が嬉しくて涙が出てもおかしくないのに笑うことしか出来なかった。
人生の中で考えれば短い時間。私は果てしなく長い旅を終えたような気持ちだった。
沢山の波乱や沢山の葛藤があった。新しい自分の姿を見ることもあった。
それでも、最後に辿り着く場所は。
いつだって、家族の元。