38.転生した令嬢の帰郷
懐かしい景色が見え始めてくると、私はいてもたってもいられずに馬車の窓から顔を乗り出して外を見た。整備がろくにされていない馬車道。よく眺めていた山脈。
「マリー。危ないから」
「すみません。つい」
まるで子供のようにはしゃぐ私を見て笑うアルベルトに、私は自分の行動が今更恥ずかしくなった。それでも、久しぶりに帰る故郷が近づくにつれ、私は落ち着きがなくなった。
何も無い辺境な田舎町。特産物や観光名所となるような物は何一つない。僅かな村人が畑を耕し、牛や豚を育てる。羊毛を収穫しては織物にする。自給自足をこよなく愛する村だった。
兄のように王都に憧れて村を離れる者もいるが、それでも結婚して村に帰ってくる者も多い。領主の性格が滲み出ているようなエディグマは過ごしやすさでいえばどの領地よりも心地良いことが唯一の誇れるところかもしれない。
「活気があるな」
村の入り口に入ると、珍しく訪れる馬車を物珍しそうに子供達が眺めている。そして、中に私がいる事を確認して嬉しそうに騒ぐ。私は手を振りながらアルベルトの言葉に頷いた。
「元気なことがエディグマの取り柄かもしれませんね」
「それは望ましい取り柄だ」
アルベルトが笑った。つられて私も笑う。
初めて訪れる田舎町にも関わらず、アルベルトは嫌がる素振りもなく、それどころか嬉々とした様子で町を覗いていた。
「面白いものは何一つも無い町ですよ」
「貴女が生まれ育った町というだけで、私には十分素晴らしいと思うけどな」
「買いかぶり過ぎです」
「本心なのに」
クスクスと笑うアルベルトの表情はとても穏やかだった。
普段の騎士服ではなく、貴族らしい装いをしていた。そんな彼を見ることは珍しく、見れば目を奪われる。
普段、騎士服ばかり着ているため彼の私服が珍しい上に、結婚の申し込みを行うということもあり、普段以上にめかし込んでいる。それが更に彼の格好良さを引き立てているのだから、私としては見ているだけで動悸が高まってしまう。
先触れを出していたため、実家の小さな屋敷前で父であるトビアスが既に待っていた。
馬車が止まると同時に私はすぐに飛び出して父に抱きついた。
「おかえりマリー」
「ただいま」
つい先日、王都に会いに来てくれた父だったけれども、こうして故郷で会えるとなると気持ちも違った。故郷で抱きしめられて漸く帰ってきたんだと実感できる。
「スタンリーは一緒じゃないのか」
「兄が帰ってくるわけないじゃないですか」
兄であるスタンリーは田舎暮らしよりも王都暮らしを満喫しているため、領主としての仕事以外の用事で戻ってくることはない。そう、たとえ妹が婚約者を家族に会わせると言ってもだ。
「それで、その……」
恥ずかしさに俯きながら馬車を見る。アルベルトが降りてきて、父の前に立つと頭を下げた。
「アルベルト・マクレーンです。本日は急な訪問となり申し訳ございません」
アルベルトを見ていた父は穏やかな笑みを浮かべて彼に手を差し出した。
「遠いところからありがとう。トビアス・エディグマです」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
何処となく緊張している面持ちの二人に私は笑った。嬉しさが込み上げる。
父には手紙で婚約したい相手がいる旨と、その相手が誰であるかは伝えていた。すぐに返ってきた手紙には祝福の言葉を沢山綴ってくれていた。
勿論反対されることなどないとは思っていたけれども、改めて対面する二人を見ていると私は嬉しくて頬が緩んでしまう。さっきからずっと緩みっぱなしで、愛想尽かされないか心配になる。
「さあ、マリー。久しぶりに美味しい紅茶でも淹れてもらえるかな」
トビアスに言われて現実に戻ってきたマリーは、慌てて承諾をし、懐かしの屋敷に入って行った。
「正直に言うと、マリーには勿体無い話だよね」
正直すぎる父の発言に私は目を丸くした。隣にいたアルベルトも同様で、持っていたカップから少しばかり紅茶が溢れていた。
私達の様子に気付いたらしい父が慌ててフォローを入れる。
「いや、マリーは器量もいいし素晴らしい自慢の娘だよ。父親という贔屓目無しにも顔だってお母さんに似て美人だ……いや、似てるかな? まあいいや。だけど、マクレーン卿の立場を考えると本当にいいのかな〜ってね」
父の言い分は尤もだった。所謂田舎貴族の私と、王都で活躍されている子爵となったアルベルトの立場を考えれば身分不相応も十分なところ。本来ならば実現しないような婚姻だとは思う。
もし、アルベルトの爵位が無ければどうだろうか。
それでも彼は私には勿体無いような気がしないでもない。
「実際、エディグマは男爵とは名ばかりで、村長のような立場だから。子爵になられたマクレーン卿であれば引く手数多だというのに。ご家族に心配されるのではないかな」
父もまた、私と同じような事を心配していたらしい。アルベルトは私に伝えた事を父にも同じように説明をした。
「立場など関係なく、私はマリーだから妻に迎えたいと思っています」
「そうですか……」
父は、何か考えるような顔をして私を見た。
「マリーは大丈夫かい?」
父の心配は、子爵夫人という立場になることを指しているのだろう。
「何とかします」
行き当たりばったりな回答だとは思うけど、それが私の素直な答えだった。出来ない事はこれから学べば良い。出来なかったとしても、アルベルトと考えていければいいと思っている。
「正直、領主としての実力はマリーの方が上です。自分はその、騎士としてしか能が無いので」
珍しくも照れたアルベルトの回答だった。彼も彼なりに子爵という立場には悩まされているらしい。
実際のところ、子爵位としての仕事は管理人に委任しているため、子爵夫人という肩書よりも騎士団長夫人と呼ばれる方がこちらとしてもしっくりくる。
「そうかそうか。何だかお似合いの二人だな」
嬉しそうに笑う父の姿に、アルベルトと私は目を合わせて苦笑した。
「それじゃあ、母さんのところに報告にでも行こうか」
父が立ち上がったため、私とアルベルトも続いた。
久し振りとなる母の墓参りだった。
自然に囲まれた穏やかな草原に一つ、綺麗な墓碑が建っていた。もう十年は経っているというのに古びれた様子も無い墓碑は、いつも父が丁寧に掃除をしているからだ。
毎朝花を添えて挨拶をする。命日には大輪を添える。誕生日には亡き母が好んだ歌を贈る。母への愛情が途絶えない父の愛情深さは、いつもマリーの心を救ってくれる。
「ミリアム。マリーが結婚することになったよ。どうか彼女をこれからも見守ってておくれよ」
墓石に口付ける父。その後ろに立っていた私は、母の墓碑に花を供えて祈った。
今までのこと、ローズマリーのこと、アルベルトとのこと。全てを伝えるにはとても時間が掛かった。
アルベルトもまた同じように、長い時間をかけて祈っていた。
「随分報告することが多いんだね」
父が感心した様子で聞いてきた。
「王都で色々ありましたから」
父には生まれ変わりであることは言っていなかった。どこかのタイミングで伝えても良いかと思っていたところで、父が思い出したように話を始めた。
「マリー。今でも、次に生まれ変わっても母さんの娘でいたいと思っているかい?」
生まれ変わり、という単語を聞いて私とアルベルトは硬直した。
「……何ですって?」
「もう覚えていないかな。昔、お前が言ってたんだよ。次の母親も母様がいいってね」
母が亡くなったのは小さい頃だった。その頃の発言なんて覚えているわけもなく、私は当時の私が一体何を考えていたのか頭をフル回転して思い出そうとした。
「私も次の結婚する相手は母様がいいから、そしたらマリーはまた私の娘になってくれるのかな」
「…………」
私は、今こそチャンスだと思って父に対して口を開いた。
「もし私が……誰か、貴族の令嬢の生まれ変わりだって言ったら……父様はどう思います?」
「うん? 貴族?」
父は、少しだけ考えてから笑った。
「そうか〜マリーが生まれてすぐにマナーが出来ていたのは貴族の娘さんだったからなのか〜」
父の呑気な回答に。
私とアルベルトは固まったままその場を動けなかった。
どうやら父は私が記憶を思い出すよりも前から、生まれ変わりという概念を認識していたらしい。
気分転換に不定期で新作書き始めました。
今度は少女(魔女)と青年(死神皇帝)の歳の差カップルが書きたくなりました……
(歳の差好きすぎでは)