37.転生した令嬢は未来に憂う
「は? 姉様がいらしたって本当に?」
気恥ずかしいながらも、事の顛末を隣室で待っていたレイナルドに説明した後の第一声。
レイナルドは、既に完治したと言って仕事を病室で行っていたところだった。本当なら執務室に移動すべきだけれども、移動の時間すら面倒だとそのまま仕事をしていた。
その彼が忙しい合間にも私やアルベルトの事を考慮してくれたのだからと御礼と共に先程まで起きていた話を伝えた時、彼の表情が一変した。
「アルベルト……君、殺される覚悟はある?」
その時、レイナルドの表情はとてつもなく冷え冷えとしながらも殺気だけが肌に感じられるぐらいに怒っていて。
「……死にたくありません……」
騎士団長であり年長者であるはずのアルベルトから発せられる弱々しい声を聞いて、私はどうレイナルドの怒りを鎮めるかに頭を悩ませることになった。
ティア王妃の刑が執行された。
私は彼女が処刑台に立ち、刑が執行される瞬間を見届けた。かつてローズマリーが立っていた場所は私も記憶に覚えていた。ひどい既視感と、当時の苦しみを思い出して平静ではいられず、立っていることすら出来なかったけれども。アルベルトが私を支えてくれたお陰でどうにか立ち会えた。
目を離してはいけないと思っていた。
私も彼女の罪と罰に携わった人間なのだから。ちゃんと受け止めるべきだと思っていた。
刑が行われるまでの間、罪状を述べられている時にも延々と独り言を呟いていたティアは、既に正気を失っているように見えた。恐怖から、自身の罪からも目を逸らし、私のせいじゃないと呟いていた。時々ローズマリーの名前を出しては悪態を吐く姿に、レイナルドもアルベルトも怒りを抑えられない様子だったけれども、それ以上に私の体調を心配してくれた事が嬉しかった。
そうして彼女の罪は裁かれた。
以前のような、罪人を晒す行為を良しとしないリゼル王は、処刑された後にティアの遺体を王城へと戻した。彼女の遺体はダンゼス一族に引き渡されることとなった。
かつて王家の一員として受け入れられた彼女だけれども、もう二度と王家の元に足を踏み入れることは無い。
刑が行われ幾日が経った時。意を決して私はアルベルトとレイナルドに一度自領へ戻る事を伝えた。
「自領の事が心配というよりも、父と母に色々報告がしたくって」
「それでしたら私もご一緒してよろしいですか?」
アルベルトが手を握りしめて私に聞いてくる。ちなみにこの場には今、兄とレイナルドが居るのですけど。
兄には既にアルベルトから事情を伝えられていた。兄は私とアルベルトの関係を反対するでも歓迎するでもなく、「騎士を選ぶのはお前らしい」とだけ言われた。相変わらず失礼な兄だった。
「マリーの父君に婚約の旨を直接お伝えしたい。勿論、母君の墓前にもね」
「こっ……んやく、ですか」
「何驚いてんだよお前」
「求婚されたのではなかったかな。マリー」
兄とレイナルドの冷静な突っ込みにそういえばそうだったと改めて思い出す。私はそもそもアルベルトに求婚されていたということを。
「そうですけど……改めて言葉にされると何かむず痒いです」
頬が赤くなることが抑えられず、せめて両手で頬を隠した。つい先日想いが通じ合ったばかりだというのに。
「嫌ですか?」
私の反応を見て不安そうな様子で聞いてくるアルベルトに慌てて首を横に振った。
「嫌ではないです……お願いします。それよりも、私がアルベルト様のご両親にお会いする事が先ではないでしょうか」
「ああ、それは別に後回しでいいですよ。私はマクレーン家の長男でもありませんし。父も母も仕事人間なので、自分達の子供が結婚すると報告しにくる日だろうと、どうせ仕事を入れているでしょうから」
ローズマリーの記憶にもあったマクレーン一族は確かに騎士として立派な一族ではあった。アルベルトが言う通り、仕事人間という言葉が似合う一族でもあった。
一族の功績を考慮すれば既に爵位も領地も持っていておかしくないというのに、騎士である事を誇りに思う彼らの一族はその話を全て断り、主君に仕える事を美徳としている節がある。そうでなければ幼いアルベルトを更に幼かったローズマリーの騎士として遣わしたりなどしていないかもしれない。
その辺り事情を把握しているだけに、私はそれならせめて手紙でお伝えしようとアルベルトと協議をし、マクレーン家には手紙を、エディグマ家には私とアルベルトで報告を行うことにした。
「式は早くに済ませた方がいいぞ。子供を考えると年齢の差も大きいしな」
最悪なアドバイスをする兄。
「式の準備は私が行っても? マクレーン領でも王都でもローズ領でも何処でも準備はできる。ウェディングドレスは私からオーダーしたいな。マリーに似合うドレスを一流のデザイナーに特注するよ」
何故か仕切りたがる氷の公爵様。
どうにか怒鳴りたい気持ちを抑えていたら、そっと肩をアルベルトが撫でてくる。
「マリー。貴女に無理はさせたくない。だから遠慮なく言いたいことを言ってほしい」
「アルベルト様……」
「貴女が望むのであれば、私がエディグマ領へ行っても構わない。エディグマに騎士は居ないと聞く。よければ自警団から作っても構わないか? 私の領地は管理人がいるから子爵夫人などと貴女を縛り付けるつもりは無いから」
「アルベルト様……?」
そこは仕切ってほしいです。そして何で騎士団を退団する未来をそんな簡単に考えているのですか。
私は、どう考えても普通らしくない結婚話に喜びでため息が溢れるどころか、これから先に起こるだろう気苦労に対してため息を吐いた。
結果、私はアルベルトと共にエディグマに行き、まずは両親への報告を行うことになった。
それから先のことは、とりあえず後回にしておいた。