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7.かつての婚約者、かつての騎士様、ご機嫌よう

 ついに来るべくしてやってきた。


 まさか本当にやってくるとは思わなかったけれども。

 頭を延々と垂れながら、静かに唾を飲み込んだ。


 今、私の目の前、至近距離には、生前の婚約者がいる。

 同時にその婚約者を奪った相手もいる。

 しかも険悪な雰囲気で。



「今日も新しい男のところか。大層な身分じゃないか、ティア」


 ああ、懐かしい声。

 だいぶ酒焼けされているけれど、その声は確かにローズマリーの婚約者だったグレイ王子の声だった。


「貴方こそ、また新しい側室でもお作りになるのですか?どれだけ励んでもお子が産まれないのは、何か問題でもあるのでしょうかね」


 当時はもっと可愛らしい声だったはずなんだけどな。

 庇護欲そそる美少女だったはずのティアの声には棘が存分に含まれていた。


 彼女はああ言うけれども、実際のところ側室の多い王には子供に恵まれず、嫡子はティアとの間に産まれたリゼル王子のみだった。

 それが、王妃によって側室から子供が産まれないように手を加えているとか何とか怖い噂も王宮で出回っている。


 私を含めた数人の侍女は、ひたすらこの冷え切った夫婦喧嘩が終わるのを、頭を下げて待つしかなかった。





「あービックリした。本当に仲がよろしくないのね」


 嵐が過ぎ去った後、ニキが思わずといった感じに話し出すため、慌ててその口を手で塞いだ。

「駄目よニキ。誰が聞いているか分からないんだから」

 フガフガ言うニキに忠告してから手を外す。

「それもそうね。でも残念だわ。私憧れていたのに……」


 絵物語になるほど、一時は憧れの存在だった王太子とティアの大恋愛。

 悪女たるローズマリーを断罪し、惹かれあう二人は困難を乗り越え結ばれる。

 確かそんな感じのストーリーを、名前や設定を僅かに変えた絵物語が一時期出回っていたのだ。


「恋に夢が見れなくなっちゃう」

 既に恋人がいるのだから夢を見過ぎても痛い目にあうのでは?と思ったけれど、口にはしないでおいた。


「マリーもそう思わない?」

「私は別に……」

「ええー!マリーってば凄く人気あるのよ?どうして恋人作らないんだって私が聞かれるんだから」


 ニキの不満そうな声に、私は苦笑いを返すしかなかった。


 今回呼び出された、王太子の婚約者という暗黙の立場を放棄している女性達は私やニキだけじゃなかった。

 彼女達はそれぞれ身の丈に合った結婚相手を探していた。

 王都には立場ある独身男性が多い。

 ここぞとばかりにカップル成立、なんていう光景を王城勤めを始めて一月の間に頻繁に見かけている。


 ニキの言う通り、男性に声をかけられることもある。

 真面目に働いている姿が良き妻にでも見えるのか、有難いことに言い寄ってくれる男性は少なくない。


 けれどどうしても気持ちが前向きになれず、はぐらかし続けている。


「誰か目当ての方がいるとか?」

「まさか。そういう気分になれないだけ」

「そうは言うけどさ」


 ニキが言いたいことも分かる。

 世間の結婚適齢期は十代後半から二十代まで。

 私の年齢は十八。

 結婚を考えるなら今が一番の時期であることは分かっている。

 でも、どうしてもその気持ちになれない。

 いずれは、と思う気持ちはあるものの、まるで他人事のように考えている。


(ローズマリーの時に懲りてるからかも、な……)


 ローズマリーは十六で亡くなるまでの間、婚約者という立場でなかった時間の方が少なかった。

 物心つく頃から王太子の婚約者、未来の王妃になるのだと教え込まれ育てられてきた。

 挙句に見捨てられた前世の記憶は、殊更同じ女性である今の自分にとってトラウマのような気持ちを生み出しているのかもしれない。


(昔は騎士に恋い焦がれる子供だったっていうのに)


 騎士の姿を見かけると、ローズマリーが幼い頃に遊んでいた幼馴染みとの思い出が蘇る。


 ローズマリーは王子様より騎士様に憧れを抱いていた。

 剣で守ってくれる、忠誠を誓う騎士の絵姿に憧れて、よく幼馴染みの少年や幼い弟に無理強いして騎士ごっこをしていた。

 根気よく付き合ってくれていた幼馴染みは、ローズマリーが亡き今も騎士団に所属していることは、働いている間に見かけた騎士団隊士の名簿を見て気づいた。


 名簿のトップに書かれた名前。

「アルベルト……」

「アルベルト様?」


 無意識に声に出していたらしい。

 しまった、と思った時にはニキの顔が近づいてきた。


「もしかしてアルベルト・マクレーン様?マリーってば実は年上好き?」

「ち、違う!違うから!」


 頬を真っ赤にして否定しても全く説得力が無いことは分かっているけれど、かつての幼馴染みを思い出して名前を呟いてしまった事実に動揺が隠せない。


「アルベルト様っておいくつだったかしら。確か三十六よね。まだ独身でいらっしゃるし、騎士団長でしょう?憧れるのも分かるわ!」


 私と恋話が出来ると思って嬉しいのか、ニキの口がどんどん加速する。


「憧れというか……」

 懐かしくて名前を口ずさんでしまっただけなんだけど。

 と、正直に言えるはずもなく。


「マリーったら早く言ってくれれば良かったのに!アルベルト様がお好きだったなんて!」


 ああ、段々話が拗れてきそう……

 反論する暇もなく、ニキの勢いが落ち着くのを待つしかない。


「そうだ!今ならきっといらっしゃるわ。ねえ、こっちに来て!」


 突然腕を掴まれるとニキが走り出した。

 足が縺れそうになるのを何とか堪えて後に続く。


「危ないわよニキ!走っちゃ駄目だってば!」

 王宮の、ど真ん中で、侍女が走るとか。


 有り得ない、と叫ぼうとした私の口を、今度はニキが塞いだ。


「ほら、あそこにいらっしゃるわ」

 草むらの影から様子を窺うニキの視線につられ、その先を見つめる。

 連れ出された場所は騎士の鍛錬場だった。

 何十人もの騎士達が剣術の稽古を行う中に、見覚えある騎士姿があった。


(ああ……!)


 変わらない焦げ茶色の髪色。二十年ぶりだというのに、顔立ちは昔の面影を残したままだ。


(アルベルトだわ……)


 堪えきれずに涙が浮かぶ。

 鍛えられた体躯に凛々しい出で立ち。

 騎士団長である勲章が胸元に飾られている彼こそ、ローズマリーの幼馴染みのアルベルトだ。


「泣くほど嬉しいなんて、連れてきた甲斐があったわ」

 私の涙に勘違いしたニキが嬉しそうにしている。

 勘違いだと否定したかったけれど、それよりも再会できた喜びに溢れて何も言えなかった。


 ローズマリーの頃は従者だった彼が、今は立場が変わり騎士団長の地位にいる。

 私の中に芽生えるローズマリーだった頃の記憶が、彼を愛しむ。

 かつての婚約者であるグレイ王子に会った先刻には微塵も感じなかった感情だ。


「お顔立ちも良い、地位もある、年齢はちょっと高いけれど美丈夫でいらっしゃるから人気も高いけど、マリーならきっとうまくいくわよ!」


 すっかり応援する立場に徹するニキの様子に笑ってしまった。

 とりあえずありがとう、と言っておいた。




「誰かいるのか」


 いつの間にかアルベルトが目の前に立っていた。

 気配を察したらしい彼が不審に思って様子を見に来たのたのだろう。

 私は慌てて彼に頭を下げた。

「お邪魔をしてしまい申し訳ございません」

 急いでお詫びをすると、ニキも慌てて頭を下げた。

「侍女殿が何用ですか」


 冷たい声色だったが声質は変わらない。

 以前のアルベルトより、テノールが効いた声だった。

 どう返すべきか考えていたところで、ニキが詰め寄った。


「あの、私達騎士団の皆様のお手伝いをしたいと思い、こちらでお待ちしておりました!」




 は?


 この子は、何を言ってるの?




 この時。

 多分アルベルトと私は、全く同じ顔をしてニキを見ていただろう。


 当のニキと言えば。


(その、「私に任せて!」って顔は何なのよ!?)


 ニコニコと微笑みながら私とアルベルトを並べ見ていた。



「アルベルト様!どうか私達を騎士団の侍女としてお雇い頂けませんか?」








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