35.(閑話)王妃の末路(上)
王妃の断罪回なので苦手な方はスルーしてください
薄汚く狭い檻の中で見飽きた景色を毎日呆然と眺めていた。
冷たくて薄っぺらい寝台で横になっても起きれば身体があちこち痛む。
食事は日に二回、朝と夕方に支給されるけれども、硬いパンに冷めたスープは味気ない。
ティアは、今までこんな質素で美味しくもない食事を食べたことが無かったため、初めて出された時はあまりの味の無さにろくに食べなかったが、飢えは食欲を最大限に引き出し、今ではその味気ない食事がティアにとって唯一の生活の糧になっていた。
冷たい独房の中で目覚める。何もせずに過ごし、与えられる食事を食べ、冷えた寝台の上で眠る。夜中に寒さと身体の痛みで目が覚める。小さな窓越しから月を見る。そして朝が来る。
何もすることが無いというのに、今のティアは生きることにしがみついていた。
今まで生きていても空虚でつまらなかった。ゲームを作り出しては遊興に過ごしている日々だった。勝負に勝てば愉悦に満たされた日々。
ゲームに敗北をした先の事なんて考えたこともなかった。
「いつまでここにいればいいの…………」
ぼそりと呟いた声は、久しく声を発していなかったためにしわがれたような声をしていた。軽やかな鈴の音色のようだと称賛された声とは真逆のような老婆のような声。
ろくに身体を清めてもいないため悪臭すらしていた。三日に一度身体を拭うようにと濡れた手拭いを渡されるが、それだけでは体を全て清めることなど出来ない。それでも顔や身体を濡れた手拭いで清めるだけで今まで感じたことが無いほどに清涼な気持ちになれた。そのためティアの牢獄生活の中で唯一の癒しと言っても過言ではない。
王城を追い出されようとも侍女は常に側にいた。入浴をしながら髪にオイルを塗り艶を出していた赤髪も、今では水気を失い絡まっている箇所を手櫛で直す。
日がなすることがないため、暇つぶしにと独房に入れられた女性用に支給しているという刺繍を渡されたが、ティアは刺繍が嫌いだったため手を付けていない。
そういえば昔、全く同じように投獄されたローズマリーを見学しに行った時に刺繍をしていた。
思い出せる記憶の中の女性は、今のティアと全く同じ立場の筈だったのに。
対面したローズマリーを汚らしいと笑った。
私を敵視するのだから、私のゲームを邪魔するのだから牢に入って当然と思っていた。
ティアは荒れた爪を噛む。牢に入ってから出てきた癖でボロボロになった爪をギリギリと噛んだ。
悔しい。本来私はこんな場所にいるべきじゃない。
王妃として寵愛されるべき存在。現国王の母親なのだからその点も考慮して判決を下されるのであれば、国外追放になるだろうと、裁判を受けながら思っていた。
しかし現実は残酷にも絞首刑と判決された。
聞いた時は耳を疑った。処刑される未来なんて用意していない。想定外過ぎる現実に声を出して反論したかったけれどもすぐさま押さえられ法廷から追い出され、この独房に閉じ込められている。
処刑の日取りを教えられてから毎日日数を数えている。
自分が死ぬまであと何日か確認するためだ。
恐ろしいのに止められない。
夢なら早く覚めればいいのに。けれど毎日空腹になり、生理現象は生まれる。現実だとティアに叩きつける。
これだけ現実というものが辛く逃れたいと思ったことは無かった。
生まれてから今まで退屈な日々に飽き飽きしていた。言われるがままに生きてきた中でゲームだけがティアの生き甲斐だった。
人を騙した時の悔しそうな顔、敗北が分かった時の相手の絶望、どす黒いまでの感情をティアに突きつけてくる相手を見る時こそティアの愉しみだった。
その絶望を、悔しさを自身が体験することなんて無かった。負ける勝負はしてこなかった。負けると予測をつければ直ぐ様逃げる準備をし、逃げた先で次のゲームを始める。その繰り返しだった。
今のティアは完全なる敗北者だった。彼女が認め難かろうともそれは紛れもない事実。
しかしティアは敗北以上に恐怖するものがあると知った。
それは死だ。
生きていられる時間が残り僅かだと宣言された時から感じたこともない恐怖がティアを襲い続けている。
どうにかして逃げなければ殺される。
嫌だ、死にたくない。もっと生きていたい。
でもどうして? 生きて何をするというのか。
既に地位も金銭も立場も何もかも失った今、どう生きていくべきかすら戦略が立てられないけれども。ティアはひたすら生にしがみついた。
初めての感情だった。生への執着を初めて感じる。惨めな行為だとは分かっている。ティア自身、命乞いした者の姿を何度も見てきた。その度に嘲笑った。汚らしい。勝者に命乞いまでして助かりたい命なのだろうかと。そして見捨てた。
今、全く逆の立場となって初めて知った。己のプライドなどかなぐり捨ててでも助かりたい。死にたくない。
それでも刻一刻と刑の日は近づいてくる。
どうにかして。誰か助けて。
声を枯らしたティアは牢で叫びたくなった。けれども今この場にいる看守に命乞いをしたところで助かるわけがない。
どうにかして助かる方法を考えた。ゲームの攻略は得意なのだから、その頭を今こそ活かすべきだ。
そこでようやく助かる方法が思いついたティアは、看守を呼んだ。
看守は嫌々ながら近づき、冷たい声でティアに声を掛けてくれた。
ティアは檻の柵にしがみつく勢いで看守に頼み事をした。
「処刑前にどうしても息子に会いたいのです。どうか私の息子に、リゼルに会いたいと伝えてください」
いつも利用していた自身の瞳を潤ませながら懇願した。大切な母親が息子に会いたいという想いを吐き出した。
そうすれば看守は暫く黙り込み。
「伝えておこう」
とだけ言ってその場を離れた。
ティアは感謝した。祈る信仰心など何一つ持っていなかったが感謝したい気分だった。
心優しいリゼル王ならば、慈悲の心で母親を助けてくれるかもしれない。
ティアは作戦を考える。どうすればリゼルがティアを釈放してくれるか。ティアが持つ唯一の切り札は、現国王の母親ということだけだった。
手駒でしか物事を考えられないティアは気付かない。
彼女のもつ切り札に必要不可欠である、愛情という欠かせないモノが抜けているということを。




