34.転生した令嬢と騎士の恋
ローズマリーは、私の成長を共に見てきていたという。
私も前世を思い出した時、ローズマリーが得た記憶を全て見てきた。
彼女の記憶を思い出した時、まるで自分が体験した出来事のようにも思えれば、第三者の視点から見ているような、不思議な体験だった事を覚えている。
きっと私が生まれてからローズマリーも長い間、ずっとそうして見守ってきてくれていたのだと思う。
それは何て嬉しいことだろう。
そして今は私がローズマリーを見守っている側にある。
私の悩みを代弁するようにアルベルトの前に立つ彼女を意識だけで眺めているような感覚。
ローズマリーは私を誰よりも知っているからこそ。
私が求めていた答えを、こうして導き出してくれていた。
「ローズマリー様?」
正面でローズマリーを眺めていたアルベルトが怪訝そうに彼女を見てくる。
「ふふ……貴方の答えは正解だったみたい。マリーが喜んでるわ」
嬉しそうにローズマリーが応える。
私の感情が、そのままローズマリーに筒抜けだったみたいで、私は急に恥ずかしくなってしまった。
やめて。恥ずかしいから言わないでと念じたお陰か、彼女はそれ以上言わないでくれたと思う。
アルベルトはもっと聞きたそうにしていたけれども。どうかそれだけは。
「優しい子。前世の絆に巻き込まれたというのに不満もなく私の意思を貫いてくれた」
「ええ、本当に」
「生まれ変わった私がマリーで良かった」
ローズマリーの私への感謝の想いが届いてくる。心から喜ぶ彼女の想いが。
そんな風に思われているなんて思わなかった。
記憶として知るローズマリー。私自身の過去の姿。そんな彼女がこうしてこの場に姿を見せてくれること自体が奇跡だった。
どうしてそんな奇跡が起きたかなんて分からないけれど。
その奇跡に感謝したい。
「アルベルト。最後のお願いを言わせて。望みばかりを押し付ける主でごめんなさい。でもどうか、忠誠を誓ってくれた貴方にしか願えないこと」
次第に、私の意識が身体に戻されていく感覚が生まれる。ローズマリーの意識が消えていく。
最後だと言わんばかりにアルベルトの手を握り締める彼女の感覚が、私にまで伝わってくる。
「マリーとレイナルドを頼みます。そして貴方もどうか幸せになってね」
「……仰せのままに。我が主」
間近で見据える焦茶色の瞳が強い意思を秘めてローズマリーの願いを受け止めた。
そしてローズマリーは満足するように微笑んで。
私の意識が、私の身体に戻った。
「………………」
「………………マリー?」
私の呆けた表情からローズマリーの意識が消えた事を察したらしいアルベルトに呼ばれる。
けれど私はどうしても返事が出来なかった。
何故って? 恥ずかしいから。
あれほど直向きな告白の後にアルベルトを見ることなんて出来ない。
ローズマリーが言っていたように私は彼の言葉が嬉しかった。本当に嬉しかった。
アルベルトの好意は全てローズマリーに向いているのではないかと考えてしまってから、ずっと悩まされていた思いを全て解消してしまった。
嘘偽りない言葉で、忠誠を捧げるべき相手を守りたい相手を言葉で伝えてくれた。
そんな言葉を言わせてしまう自分自身が情けなくて申し訳ないし、嬉しいけれども素直に伝えられなくて。
口を開けて何かを話そうとするけれど、言葉が出ない私を見てアルベルトが笑い。
パクパクと動かしていた間抜けな唇に、その端正な顔立ちを近づけて口付けてきた。
一瞬の動作に抵抗するなんて考えは生まれることもなく。
唇が離れて間を置いてから、私は声を漸く発することが出来た。
「な……にするんですか!」
「あれ。駄目だったか?」
何だか普段よりも余裕めいた様子を見せるアルベルトに主導権を握られている。
勿論、駄目だなんて言えない。
だって好きなんだから。
「…………するならすると、ちゃんと言って下さい」
何言ってるんだろう、という自覚は十分にあったけれど。
多分何を喋らせてもうまく返せる気がしなかった。
アルベルトは私の答えを聞いてまた笑い。
「では改めて。…………もう一度いいかな? マリー」
剣で鍛えられた掌が頬に触れて。
鼻先まで近付いた色気ある顔が私の瞳を覗き込む。視線が心の底まで覗いているみたいでドキドキする。
自分で言っておいて何だけれども、これなら確認しないでされた方が緊張しなかったかもしれない。許可をするだなんてそれこそ、はしたなかったかもしれない。
それでも、私の答えは決まっている。
「……………………どうぞ」
答えてすぐに注がれた口付けに翻弄されるまま抱き締められて。
心の底から溢れる喜びに打ちひしがれるように瞳を閉じた。
初めて焦がれた人との口付けに酔いしれながら心の底に眠るローズマリーにただ一言、ありがとうと告げる。
そうすればきっと。
私の奥深くに眠っているだろう彼女は。
嬉しそうに笑っていると思った。