32.元、悪役令嬢の尋問
翡翠の瞳が印象的な姉弟だった。
ユベール一族に連なる者に特徴的に現れる色だといっていた。
しかし今、アルベルトの目の前に居るマリーの瞳は全く違う蜂蜜色。
それでも見つめている間、錯覚のように翡翠の瞳がアルベルトを見ているように感じていた。
顔立ちも勿論マリーだった。
生まれ変わりというだけで血族関係は一切無いマリーとローズマリーでは顔に似通った部分は無い。
けれども、今アルベルトに向けて微笑む穏やかな表情の作りは間違いなくローズマリーのものだった。
まるで空想のような話だが、マリーに幽霊が乗り移っているとでもいうのだろうか。
しかしこの場合、生まれ変わりという概念が存在するのだから、乗り移るとは違うのかもしれない。
では、アルベルトが今目にしているのは一体誰なのだろうか。
理屈では考えられない出来事ばかり起きている。
だが、全てどうでもいい。
「ローズマリー様」
握り合っていた彼女の手を取り騎士の誓いを掌に捧げる。
「アルベルト。マリーを、弟を守ってくださったこと。本当にありがとう」
マリーの声質で語るローズマリーの言葉に、アルベルトは更に頭を下げた。
「勿体無いお言葉です」
アルベルトには彼女に忠誠を誓う価値など無いと思っている。守ると誓ったローズマリーを助けることが出来なかった過去はアルベルトを今でも戒めているのだから。
けれども、それを言葉にすればきっと彼女は悲しむということも知っている。
だからだろうか。彼女がまず口にした感謝の言葉がアルベルトには嬉しかった。
「何故、このような事になっているのでしょうか」
起きた事実をどう受け止めるべきなのかアルベルトには理解が追いつかなかった。
穏やかな笑みを浮かべたままにしていたローズマリーが、かつて使用していた手鏡を見つけ手に取ると、鏡に映るマリーの姿を眺めながら耳に髪をかけた。
「亡くなってすぐにマリーに生まれ変わって、ずっと彼女の成長を一緒に見てきたの」
鏡に映る女性が産声を上げてから、ローズマリーは形無い姿のまま彼女の魂と共にあった。
「マリーが初めて歩いた時も。初めて友達と喧嘩した時も全て一緒に見てきたの。まるで母親のようにずっと彼女を見守ってきたのよ」
生まれ変わった新しい生き方を紡ぐ自身を眩しく感じていた。ずっと叶えたかった願いを叶えてくれるマリーが愛しくて羨ましくて大切だった。
「マリーが私の記憶を持つように、私もマリーの記憶を持っているの。だから少しだけお節介をしたくなって」
「お節介ですか」
かつての公爵令嬢であった彼女からは考えられない言動だった。
「そう。レイナルドと同じお節介を。大好きなマリーのために」
彼女が、彼女自身を包み込むように手を組む。
そうして、アルベルトを見る。
翡翠色に錯覚する瞳がアルベルトを捕らえる。
「ねえアルベルト。マリーと私ことローズマリー。どちらを貴方は想っているの?」
彼女の口から出た言葉が真偽を問うような重たさを持っていた。
言葉は色恋事を問いている筈だというのに。
その言葉の重さがアルベルトには十分すぎるほどだった。
「貴方は私とマリーのどちらに忠誠を誓っている
の? マリーに忠誠を誓っているのは、彼女が私だからではなくて?」
「それは……」
「貴方が彼女に結婚を申し込んだ時も聞いていたけれど」
聞かれていたのか。
あの失態をローズマリーにも見られていたのかと思うとアルベルトは顔を赤くすべきか青くすべきか分からない複雑な表情が浮かんだ。
「本当にマリーが好きなの? 本当に、マリーを幸せにしてくれるの?」
もし、幸せにできないのなら。
「マリーから離れてくれないかしら」
ローズマリーがやっと悪役令嬢らしくなってくれました(もう終盤です)
更新が少し不定期になります。
なるべく毎日更新になるよう頑張ります。