30.恋は人の欲なれど
相談をしてからトントン拍子とレイナルドの考えるままに展開が進んでいった。
私は、してもいない怪我により王宮の個室の医務室に案内され、暫くそこで過ごすようにと言われた。
とても申し訳ない気持ちになりながら今はその部屋で過ごしている。
内乱の騒動も落ち着いたし、特に怪我人も居ない、病気が流行する季節でも無いからいくらでも使って良いよとレイナルドは言うけれど。一介の侍女が王宮の医療向けの個室を私用で使うのもどうなのだろうと私自身は難色を示している。
そんな私の考えを察していたのか、レイナルドはその個室に沢山の荷物を届け出した。
ドレス、宝石、書籍など、物は様々だけれども型やデザインは少し古く書籍も黄ばんでいた。
何よりとても既視感のある物は、少ししてローズマリーが持っていた物だと分かった。
「これは一体どうしたのですか?」
王宮で暮らしていたローズマリーが持っていた品々を懐かしい気持ちで眺めながらレイナルドに聞いた。
「王妃の部屋から回収したんだよ」
聞けば、ティア妃はローズマリーが処刑された後、ローズマリーが持っていた私物を全て自身の部屋に持ち運んでいたらしい。
何故そのような事をしたのだろうか。彼女の好みとは異なるデザインだろう過去のドレスを見ながらレイナルドに聞こうかとも思ったけれど、その表情が硬いことから私は聞こうと思った口を閉ざした。
「もし記憶に残っているなら姉様の物であったかを確認してもらいたいんだ。姉様の物だと分かった物はマクレーン領とローズ領に戻そうと思っている」
「分かりました」
「一応、極秘裏に入手した物でもあるからここに隠している……ということになってるからね」
王妃の物証を探索するために裁判が始まる前から王妃の私室には人が出入りしていた。その隙をついてこれだけの品を回収しているらしく、バレれば事が事なだけに大変らしい。
「ローズマリーの事になると本当に見境が無いですね……レイナルド様って」
思った事を口にすれば。
当然じゃないかと、笑顔が物語っていた。
アルベルトは王宮と北部の砦、時折マクレーン領への行き来を行いながら多忙な日々を送っているところだという。
そんな忙しい彼に、私の悩みで時間を費やして良いものなのだろうか。
ローズマリーの荷物を片付けながら物思いに更けていた。
このドレスは婚約発表の時のドレス。この宝石は十六歳になった生誕祭で国王から頂戴したもの。
あら、よく考えればグレイ王子からの贈り物って残っていないのね。
何を贈られたかも曖昧だったけれど私は苦笑した。グレイ王子との婚約者生活に関してあまりにも記憶が少なかった。忌み嫌われていたせいでもあるだろう。
「これってアルベルト様からの贈り物だ……」
手に取った髪飾りは他の装飾品よりも安物ではあったけれど大切に保管されていた。ローズマリーが王宮に来る前に贈られた誕生日のプレゼントだっただろうか。
私の胸に小さな刺が刺さるような痛みが走った。
ローズマリーは彼から贈り物を貰い、亡くなるまでずっと大切に保管していた事は記憶で覚えていたのに、こうして現物を目の当たりして胸が痛むだなんて。
マリーである私にも贈り物を下さることはある。花とかお菓子とか、可愛らしい贈り物。
「若い方に何を喜んで頂けるのか分からないな」と恥ずかしそうに贈ってくれた姿は今でも覚えている。
忙しい合間に、時々にでも顔を見せてくれる日もあった。
私がローズマリーだと知る前から、いつもお茶を出すと「一緒にどうだ?」と声を掛けてくれることもあった。
剣の鍛錬を行う姿は、ローズマリーの頃はまだ若く腕前もまだ弱い頃だった。
今の鍛錬姿は指導者としての姿を見かける事が多いけれど、それでも時々模擬試合で見かける剣を持つ姿は騎士そのものだった。
どちらの記憶も事実であり、大切な思い出だった。
(分かってる……私の悩みは、ただの我が儘でしかない)
私だけを見て欲しいだなんて、三文芝居で見かける嫉妬深い女が吐くような言葉だって分かっている。それなのに言いたくなるのは、ただひたすらに私が我が儘で。
ローズマリーに敵わないと、何処かで諦めたような気持ちがあるからだ。
(ローズマリー……ローズマリー)
彼女が好きだったドレスや帽子を抱き締めながら心の奥に潜む過去の私に語りかける。
(貴女なら何て答えるかしら。こんな卑屈な私がローズマリーの未来の姿だなんて幻滅するかしら)
普段は物事に動じない私だとしても、色恋事は分からない。だから悩む。この感情の行末が何なのか。
人は恋に狂うと正気すら保てなくなる恐ろしいものだと、前世であれほど痛い目にあったというのに。被害を受けた当事者が同じ轍を踏んでしまうの?
(それに、やっぱり嘘は良くない)
レイナルドは試そうと言っていたけれども、私はどうしても乗り気になれなかった。
それでも、真実が分かるならばと頷いてしまう。何て欲深いんだろう。
これが恋の為せる感情なのかもしれない。
私は何故か可笑しくなってクスクスと笑ってしまった。
(正直に伝えよう。嘘なんてつかなくても、きっとアルベルト様なら答えを出してくれる)
決心して立ち上がり、窓辺から夕暮れに差し掛かる空を眺めた。
レイナルドの話によれば、今日の夕刻過ぎた頃にアルベルトが王城に戻ってくる。騎士に話を聞いて急ぎ駆けつけてくるだろうと。
レイナルドに会う前に私から話をしよう。
そう考えながら窓辺で外を眺めながら。
気付けば私は深い眠りに落ちていた。