29.転生した令嬢は記憶を失う
レイナルドが試すなんて言うので、一体何をするのだろうと思っていたけれど。
聞いた話を聞く限りそこまで大事でもないかなと思っていたけれど、そもそもそれが大きな間違いだった。
「というわけなので、話を合わせて貰えるかな」
「承知しました! いや〜ローズ公爵直々に団長の恋路を応援して頂けるだなんて騎士団一同有難い限りです!」
嬉々としてレイナルドに感謝しているエヴァ様や部隊長の姿を見て私の考えは甘かったんだと実感した。
(まさか騎士団総動員して騙すだなんて……)
レイナルドが考えた試す、という作戦は私が記憶を失うという設定だった。
騎士団で仕事をしている時に不注意によって怪我を負ったという事になり、急いで騎士団の方がアルベルトにその旨を伝えに行く。
丁度タイミング良くレイナルドと隣室で静養することになった私だけれども、ここでとある記憶を失ったという事にする。
そう。ローズマリーとしての記憶を失くしてしまう。
この話に関しては騎士団の方には伏せておくため、アルベルトに関する一部の記憶を失うということにしている。
そこには、告白したという記憶も無くしたことにする……らしい。
私としては、この話のどこでアルベルトを試すのだろうと思ったのだけれども。
「もしアルベルトが君の中の姉様を見ているとしたら、想い人が突然居なくなってしまったということになるだろう?」
確かにそうかもしれない。
その話を聞いて途端に不安になってしまう。協力する事に頷いたのは私だというのに。
もし本当にアルベルトがマリーの記憶しかない私に愛想を尽かしてしまうようなら。
それはとても、とても辛い事実だけれども受け止めなければならない。
それでも私が抱える悩みを解決しない限り、アルベルトの想いに応えてはいけない。
たとえ私を見る先にローズマリーを見ていても構わないと思うこともあった。
けれど、いつかそれでは自分が壊れてしまうのではないだろうか。
どんどん好きになってくるアルベルトが、私を見ずにローズマリーを見ていると感じる時、私は過去の自分すら嫌いになってしまうだろう。
だったら、そうなる前に芽生えた気持ちを閉ざしてしまうべきだと思った。
今ならまだ間に合うから。まだ芽生えたばかりの若葉を摘むように、私の中に生まれたアルベルトへの恋慕を、早いうちに閉じ込めてしまえばいいだけだ。
作戦を聞いて俯いた私の頬を冷たいけれども優しく掌が覆う。
レイナルドの手だった。
「もしマリーの望む答えをアルベルトが出さなかったら、そんな奴のことはすっぱり忘れて私の元に嫁いでおいで。姉様の次に私はマリーを愛しているのだからね」
冗談めいた笑顔でレイナルドが告げてくれるのだから。
私は緊張していた心を解して笑い、「じゃあ、そうしますね」なんて冗談を冗談で返した。
安心して気が抜けた私は勿論、その時レイナルドが何を考えているかなんて分かるわけもなく。
背後で話を聞いていたエヴァ様が怪物を見たような顔をしながら、「団長ヤバいですよ……」と声を漏らしていたことに全く気付かなかった。
<閑話>
「あの、ローズ公爵……」
エヴァは信じたくない言葉の真意を知る為に意を決してレイナルドに話しかけた。
「どうした? 団長補佐殿」
レイナルドは優雅な笑みを絶やさない。団長よりも若くそして美しい顔立ちの貴公子。もし彼が本気となった時、エヴァ達騎士団員の敬愛する団長に勝ち目があるのだろうか。
「今仰っていた事ってその……」
「ああ」
くすりと笑うレイナルドの笑顔に、ああやっぱり冗談なんだとホッとしたのも束の間。
「くれぐれも、君達の団長殿には告げ口しないようにね」
氷の貴公子と言われる由縁となる寒々しい笑顔の前に、エヴァを中心とした騎士団員達は凍りつき。
ただひたすらに団長の武運を祈るばかりだった。