27.転生した令嬢の選択肢
王都に到着してすぐ、レイナルドは王都病院に移動し本格的に治療を行った後しばらくの入院が決定した。
王妃と小部族の者達もまた王都内に捕らえられ裁判が行われた。まだ刑罰は確定していないけれども、王妃が捕らえられているその牢獄こそかつてローズマリーが死を迎える前に入っていた檻だと思うと複雑ながらも致し方ないのだろうと思った。
アルベルトやリゼル王は今回の騒動を収束させるため、忙しい日常が更に加速しているらしい。
予定されていたローズマリーの式典に関しても延期されることになり。
私は相変わらず騎士団侍女として働いている。
「何度思い出しても大変な騒ぎでしたね〜」
クッキーを頬張りながらエヴァ様が私にお茶を差し出して下さったため、私は向かいの席から礼をしつつ受け取った。
「騎士団の皆さんにも色々助けて頂きましたね。本当に頼りになる方ばかりです」
「いやいや、一番の功績はマリー嬢でしょう。何たって誘拐犯から逃げ出した上に砦で囮を買って出たんでしょう? 英雄譚に残りますよ。これはいい。騎士団内で英雄伝を書籍にして販売しよう。いい収益が上がるかもしれない」
「そんなご冗談言っても何もしませんからね」
冗談じゃないんだけどなあ、とボヤくエヴァ様をかわしつつ私はお茶を飲む。
今私が悠長に執務室でお茶を飲んでいるのは、侍女の仕事中にエヴァ様に呼ばれて茶会に付き合っているためだった。
王妃逮捕という大騒動によりアルベルトは激務となり騎士団の通常業務すら行えないため、代わりにエヴァ様が騎士団内の業務を行っている。そのため執務室の主は現在エヴァ様となって、私は仕事の合間によくエヴァ様とお茶を飲む間柄になっていた。
エヴァ様、仕事をいつしているんだろう。定時で帰っている姿しか見ていないのだけれど。
「まー王妃とグレイ王がこうも捕まったり何だりしたお陰でリゼル王も大変ですね。王の威厳が駄々下がりですから」
他人事のように言っているけれどもエヴァ様も十分影響が及んでいるはずだった。
国威が傾けば治安も傾くため、騎士団が城内で騒動の鎮静化に奔走していることは知っていた。その点も含めて徹底的に国民を守る姿勢は評価を得ているようなので、上手く纏まれば良いなと思う。
未だ入院中のレイナルドだったけれどベッドの上で宰相としての仕事を行っているというから驚きだ。見舞いに行った時に安静にしておくべきでは、と言っても「自分が蒔いた種だから」と言って仕事を止めない。
「裁判にはマリー嬢も出られたのでしょう?」
「はい。証言してきましたよ」
事が落ち着いて直ぐに裁判が始まった。重罪につぐ重罪であるため事態は重く迅速に行われた。まだ治療中だというのに、レイナルドは体調が悪化することも厭わず裁判に参加していた。主に彼が被害を受けた立場であるため、裁判の度に証言しに行かなければならなかった。
私もまた誘拐されかけた立場のため証言する事は多かった。私の行動を逐一報告することはとても恥ずかしい。誘拐から逃げるための行動とか、囮になった話とかレイナルドを助ける話とかすればするほど周囲の貴族が騒つくため大変居た堪れない。
「新聞に堂々とマリー嬢のご活躍が書かれていたから記念に二枚買っちゃいましたよ」
「やめてください……」
裁判の情報を国民に開示するため国選の新聞記者も裁判に参加していた。これは正直に国民に伝えるために行うべきだというリゼル王子による初めての取り組みでもあり国民にも好評だった。ただ、その記事の内容が王妃の罪状以上に私の活躍が大きく取り上げられていたのは国の陰謀か何かかと疑ってしまった。実際は記者が裁判の内容を聞いた上で大きく書きたい、インタビューもお願いしたいと息巻いて記者の方に言われたので多分陰謀じゃないらしい。勿論お断りした。
事が落ち着いてから報告を受けた兄は、故郷のエディグマ地方に貢献できると私名義の土産品でも作るかと言っていた。その前に妹の心配をすべきだと思うけれど、エディグマの地が栄えるなら喜ばしい。
父も心配して一度見舞いに来てくれた。王宮が気を遣い父に早馬を出して事の顛末を伝えて下さっていたらしく急ぎ駆けつけてくれたらしい。無事が分かり安堵し、その後は久し振りに揃う家族で美味しいご飯を食べに行った。エディグマではまだ新聞の情報が届いていないらしいので、これから騒ぎになるだろうとのことだった。
「このままだとマリー嬢が騎士団に居られるのもあと僅かになっちゃうんでしょうか。それだと寂しいな〜」
「そんなことは……ないと……思いますが」
「言葉じりが弱まってますけど」
段々小さくなるのも仕方なくて、実は王宮からも騎士団侍女を一時離れてはどうかと打診があったからだ。
騒ぎが大きくなるにつれ、私に対して良くも悪くも顔が知られてしまい声を掛けられることがあるだろう。更には利用してくる者が来るかもしれないとのことで、一時身柄を潜めるか、もしくは王都内で仕官するかという二択を言われたばかりだった。
つい数ヶ月前に騎士団侍女になり、更に前はローズ領侍女、王宮侍女、騎士団侍女。
私は一体いくつ職務が変わるのだろうと思ったけれど。
そろそろ潮時なのかなとも思っていた。
父にも心配され、早く戻っておいでと言われた。
リゼル王子の婚約者騒動がだいぶ昔のように思えるけれど、考えれば半年ぐらいしか経っていない。この期間にどれだけ多くの経験をしてきただろう。
婚約者候補という名義で王宮侍女になって、ニキと一緒に騎士団で勤め始めた。
リゼル王子に告白された事をきっかけにレイナルドとアルベルトにローズマリーの生まれ変わりだとバレて。
グレイ王への復讐が行われ。
また、騎士団侍女に戻り、ティア王妃が捕らえられた。
それに、ローズマリーというかつての私を知ることができた。
彼女の願いをレイナルドに届けられた。
そして。
「マリー嬢? 部屋暑いですか?」
「え?」
「顔が赤いので。さっきまで平気そうでしたけど風邪でしたら早めに帰ります?」
考え事をしていた私の顔が真っ赤に染まっていたらしい。
アルベルトから受けた告白を思い出して顔を赤らめてしまっていたらしい。
「大丈夫です。ちょっと暑かっただけです」
その場は適当に誤魔化した。
それでも暫く顔の赤らみが取れない私を心配して、エヴァ様は私を早めに帰して下さるよう仰って下さったためとても申し訳なかったけれど。
考えるには良い機会なのかもしれない。
私にある選択肢は二つではなく三つ。
王宮に仕官するか、故郷に帰るか。
アルベルトの気持ちを受け取るか。
決めるのは今なのかもしれない。