26.復讐の意味を知る
「マリー!」
大きな音を立てて扉が開くと同時に、アルベルトが駆け寄り勢いよく私を抱き締めた。
その勢いで倒れそうになった私は全体重をアルベルトの腕に預けてしまったというのに、アルベルトは全く気にする事なく私を強く抱き締め続けた。
「無事で良かった……!」
耳元で心から安堵するアルベルトの声にドキドキしながら、私はそっと抱き締め返した。
「ご心配おかけしました」
「本当に生きた心地がしなかった。何処か怪我はしていないか?」
「はい。大丈夫です。それよりレイナルド様が」
傷といえば、身体中に傷を負っていたレイナルドを早く治療すべきとレイナルドを探した。アルベルトもまたレイナルドに視線を向けた。
レイナルドはローズマリーの棺の前に立っていた。
棺は今回の騒動で多少薄汚れてはいるものの、大きな破損も無くその場に置かれていた。
私とアルベルトは共に棺の前に向かった。
ローズマリーが眠る棺。
かつての私が眠るその場に立って、何か感じるのだろうかと訪れる前まで思ったりもしたけれど。
いざ目の前にしても私は何も変わらなかった。
ただ、棺に刻まれたローズマリーの似顔絵と名前に手を添えた。生前、ローズマリーが大好きだった花が石碑に刻まれ、棺の作り手による故人を偲ぶ想いが強く伝わった。
「姉様…………」
レイナルドがポツリと名を呼んだ。
「ご無事で良かった……私の身勝手な振る舞いから姉様を傷つけるところでした。申し訳ございません……」
跪いて棺に許しを乞うレイナルドは、ローズマリーが亡くなっても変わらずに姉を慕ってくれる。もしローズマリーが語りかけれたとすればきっと彼を許し、そして諫めることだろう。自分のためにも無理などしないでと。
それでも、私はかつての姉だったローズマリーを、ただひたすらに愛してくれるレイナルドの存在が愛しかった。
命が消えても棺が燃やされようとも。
ローズマリーという存在は、レイナルドの心の中に在り続けることが出来るのだから。
「マリーにもお詫びを。命の危険に晒してしまったこと、心より謝罪したい。そして同時に感謝を。貴女の行動によって私の命も、そして姉様の事も守って下さったのだから。本当にありがとう」
向けられた視線が穏やかに微笑みながら、レイナルドは私に頭を下げる。
と思ったら。
そのままグラリと身体を傾け、私に向かって倒れてきた。
「レイナルド様!」
あまりに突然の事で上手く支えきれなかったのは私もアルベルトも一緒で、レイナルドと共に私は床に倒れこんでしまった。
倒れ込んだレイナルドの背中に触れると、身体が熱い上に出血が始まっていた。先ほどの騒ぎで傷が開いたのかもしれない。
「アルベルト様!」
「すぐに診てもらおう」
待機していた他の騎士達によりレイナルドを丁重に運び、急いで団員達が集合していた場所に向かう。
砦内の兵達は既に騎士によって制圧され、ティアと共に王都へ連れて行かれていた。
残っていた一部の団員達により手当てを行ってもらい、馬車の中でレイナルドを横にさせた。揺れにより傷が開くことを恐れうつ伏せの状態で眠っている。
至るところに切り傷などがあったけれど、特に酷いのは肩に射られた矢傷だった。
化膿しないよう軟膏や飲み薬により治療されているけれども、傷によって発熱が出ていたらしくレイナルドの頬から汗が伝う。
私は看病のためにも同じ馬車に乗り、レイナルドの汗を布で拭いた。
呼吸が少し荒くなってはいるけれどレイナルドの表情は穏やかだった。
ふと、道の悪い場所を馬車が移動して揺れが大きくなったためかレイナルドの目が微かに開いた。気がついたらしい。
「大丈夫ですか?」
「……ここは?」
少し見上げた先に私が居たことに気づいて聞いてきた。
「騎士団の馬車です。今は王都に向かっているところですよ。レイナルド様は傷が原因で熱が出て、意識を失われてしまいました」
「そうですか……お恥ずかしい」
「そんなことは」
自身の失態を少しばかり笑うレイナルドの様子に私はとても安心した。
「姉様の棺は?」
「急いで王都に馬を使い、荷馬車を連れてくるようにアルベルト様がお願いして下さいました。準備が出来たらマクレーン領に向かいます。今は、騎士団の方に守って頂いてます」
「…………」
レイナルドは黙っていると、うつ伏せの姿勢を少し起こし、向かいに座る私に手を差し伸べてきた。私はつられる様にその手を握りしめる。
「マリー。貴女が言っていた事を思い出していました」
「私の?」
「はい。復讐を望まないと。そして姉様の代わりに仰っていた、復讐を遂げさせるような未来を与えてはいけなかった。という言葉を」
握り締めた手に込める力が少しだけ強まる。
「私は復讐を果たすために、北部の人間を利用しました。彼らに恨まれていることは知っていたけれど、復讐の事を生きる糧にしていた私は気にもしなかった。その結果、王妃によって小部族の者達は駒として使われてしまった。復讐の果てに新たな復讐を生み出したのは紛れもない私です。姉様はきっと、不幸を生み出す私を止めたかったのではないのでしょうか」
憂いた瞳は辛そうに歪められている。私は何も答えられず手を握り締めるだけだった。
「あの、復讐を果たした場で言われた言葉の重みを今になって漸く理解できたような気がします」
「…………そうですか」
「はい」
「それなら、きっともう間違えることもないでしょう。あとはもう、レイナルド様が幸せになればいいだけです」
そう。
ローズマリーが望むのはいつだって弟の幸せだった。
はっきりと伝えると、レイナルドは笑い出した。
すると直ぐに痛みに直結したらしく呻き出す。
「大丈夫ですか! あと、何で笑うんですか!」
「ったた……だって、あまりにも貴女らしくて……ははっ」
痛いのに笑いを抑えきれないらしいレイナルドに拗ねて怒ってみせても、彼から笑い声が途絶えなかった。余計苦しむだけでしょうと叱れば叱るほど笑いそうなので、もう黙っていることにした。
そこで気付いた。
私は、これだけ笑っているレイナルドの姿を見たのが初めてだったということを。