6.(過去)悪役令嬢の弟
レイナルド・ユベールが十二歳の時。
姉、ローズマリー・ユベールは処刑された。
同時に父は爵位を剥奪、ユベール領地は一部国に返還され、爵位も降格し子爵となった。
子爵位は長兄が引き継ぎ、政権争いに負けたユベール一族は肩身狭い暮らしを余儀なくされた。
しかし十年後、突然の兆しが訪れる。
ディレシアス国の周辺に点在していた小部族が団結しディレシアス国の北部を襲撃した。
北部地方を守っていた伯爵は捕縛され、領地は呆気なく奪われることとなった。
北部地方を奪われた当時の国王は、持病が悪化し病床についた。
国王の跡を引き継いだばかりのグレイ王子は、不慣れなままに騎士団を派遣し、北部奪還を目指したが事態は長期戦を要した。
兵も民も疲弊し始めた頃、レイナルド・ユベールが一部隊を率いて北部を奪還したのだ。
手口は鮮やかで、当時北部の砦で攻め合っていた小部族と国王率いる騎士団の衝突中に、諜報部隊と共に敵地に潜入。
ディレシアスと敵対する隣国の貴族を装い、共戦したいと小部族に対し交渉を行っていたという。
元々隣国と交易を密やかに進めていたらしいレイナルドは、隣国の協力の元に事を進め、隣国の貴族の名を騙り直々に部族の長と立ち会っていた。
相手から信頼を得たところで、小部族の長の首を取る。
突然のトップ喪失から小部族が混乱を起こしたと同時に、騎士団の第二部隊副隊長の協力の元、叩き攻め落とした。
結果、北部の砦を中心に土地を奪い返し、協力を仰いだ隣国と協議の後、小部族の土地を按分しあう結果を残した。
その類稀なる功績を表彰し、レイナルドに新爵位と共に北部の領地が授けられた。
ユベールの名を捨てたレイナルドは、レイナルド・ローズと名を新たにした。
その名は、彼の愛した姉の名から取られたことは一目瞭然だった。
一部の貴族は眉を顰めたが、功績を讃えられた彼に口答えする者も無く。
何故その名を付けたと問う王に対し。
「過去の過ちを忘れないためです」
と、レイナルドははっきり告げた。
ある者はその言葉に感動した。
身内の罪を忘れず王家に貢献する姿勢は素晴らしいと。
だが一部の者は知っている。
「王家の過ちを忘れないため」という、彼なりの忠告だと。
レイナルドの功績と共に讃えられた騎士団第二部隊副隊長、アルベルト・マクレーンは昇級し、騎士団副隊長に任命される。
そして、先王が崩御し、騎士団総指揮官であった騎士団長が退任すると共に、異例の若さでアルベルトは騎士団長の称号を手にするのである。
現在もなお栄える北部の地を治めるレイナルド・ローズの名は英雄とされ。
彼の領地を表す薔薇の印章は、王都でも人気を誇る装飾であった。
定期的に交易を行う隣国の知人は、知己の仲であるレイナルドが恐ろしかった。
わざと小部族達を焚きつけ、自身の国を混乱に招き入れたことも。
混乱した国を救う英雄の素振りを見せながら、実は国を脅威に追いやった諸悪の根源であることも。
その全ての智略を、二十二になったばかりの青年が自作したことも。
その全てが恐ろしくて、彼に立ち向かう勇気もなく。ただ粛々と交易を続けていた。