25.転生した令嬢からの予言
マリーとして生まれ変わってから、城で侍女の仕事をしている時に何度か顔を見ることがあったティア妃は、わざとグレイ王を挑発するように口論していた。堂々と男性を城に連れ込むこともあれば、王宮で贅沢にお茶会を開くこともあった。
ローズマリーが覚えているティアは、いつも大人しそうな様子をした侍女だった。そして何故かローズマリーとグレイ王子が近くにいる時に限って何か失敗をしては泣いていた。
可哀想だと慰める王子の傍で涙を流すティアの瞳に全く感情が乗っていないと思っていた。
グレイ王子と恋仲になった時も、婚約破棄を言い渡された時も。
怯えた様子を見せながら瞳は何一つ感情を表していないことにローズマリーも不可解だった。だからこそ、処刑される前に会ったティアの顔を見て全てを察した。
ああ、この女性は他人を人間として見ていないのだ、と。
だからこそローズマリーは彼女に警告した。
『貴女のやっている事はやがて貴女に降りかかってくるでしょう』と。
それはマリーとして生まれ変わった今も思う事だった。
だって今、私を前にしたティア妃の瞳は、感情が無いどころか薄黒い愉悦に満ちているのだから。
これこそが、ティア・ディレシアスの本性だったんだ。
身を潜め、王妃とレイナルドがいるであろう部屋の様子を見守っていた私と部隊長だったけれど、突然飛び出してきた男が急ぎながら周りで待機していた男に「あの女を連れて来い!」と叫んだ。
その場で待機していた男達のほとんどが向かった事を良い機会と、その場に一人だけ残っていた見張りを部隊長が気絶させた。
「私がいないことが分かってしまうでしょう。だからその前にレイナルドの元に向かいます」
「正気ですか!」
「至って正気です」
倒れた見張りを部隊長が縛り上げている間に私は部屋の入口を塞ぐために棚を動かした。その場凌ぎにはなるだろう。
「部隊長、お供をお願いしてもよろしいですか?」
ニッコリ微笑みつつ強制しようとする私に、部隊長は深々とため息を吐きながら「団長に殺されませんように……」とだけ呟いた。
中には数名の見張りと、中央には蹲るレイナルド、そして王妃が居た。
真っ直ぐに見据えた王妃の姿を見た時、少しだけローズマリーの記憶がフラッシュバックし、彼女に最後に伝えた言葉を思い出した。
暫くティアの様子を見るが、彼女は特に気にせず私を見て笑っているだけだった。
私は、静かに部隊長と頷いた。
その瞬間、部隊長は周りにいた数人の男にいっきに斬りかかった。
突然の奇襲に驚き動揺した男達は、なす術なく倒れ、慌てて抗戦するにも遅く、多勢だというのにあっという間に部隊長がその場を制圧しだす。
彼が動いたと同時に私も走り、向かう先はレイナルドの元。彼の拘束さえどうにかすればと駆け寄った時、レイナルドを抑えていた男が私に向かって襲いかかってきた。
一瞬恐怖で身体が竦んだけれども、蹲っていたレイナルドが華麗に立ち上がると、その長い脚で襲い掛かろうとした男を蹴り倒した。
「マリー!」
「はい!」
急いでレイナルドに持っていた短剣を渡すと、レイナルドはその剣をいとも容易く扱い、私を捕らえようとした男を斬り、そして血の付着した短剣をティアに向けた。
レイナルドはふう、とひと息吐くと。
「貴女は本当に予想が出来ない行動ばかりしてくれる……ありがとう、マリー」
穏やかに微笑んだ。
速さが勝敗の鍵だからと、部隊長には散々しつこく言われていた作戦が成功した。
私が中に入ると伝えたと同時に今回の作戦を決めた。
私を囮にして入室し、隙をついて中の見張りを部隊長が攻撃する。同時に私はレイナルドに向けて短剣を渡す。縄で拘束されていない事は、連れて行かれる姿で確認していたけれども、もし拘束されているのであれば短剣を使い拘束を解く予定だった。
もし、部隊長の顔をティアが知っているのであれば危険な可能性もあったけれど、それは杞憂に終わった。
レイナルドは私と部隊長を見たと同時に理解をしてくれたようで、まるで計画を知っていたかのように行動してくれた。それにしても怪我をしていた筈なのにどうしてあれだけ動けるのだろうか。
「ご無事で何よりです、公爵」
「第一部隊長殿だね。アルベルトには特別褒賞を与えるようにお願いしないといけないな。ここに貴方がいるという事はアルベルトも近くにいるのだろう?」
「はい」
「ならば悪いが呼んできてくれるかな」
一度心配そうに私とレイナルドを見たけれど、部隊長は頷いて扉を出ていった。
残されたのはティアと私とレイナルド。後は気絶した男達だけだった。
「どうですか? 王妃。ゲームは楽しんで頂けましたか?」
小刀を首元に近づけながら悠然とレイナルドは告げる。
ティア妃は、汗を滲ませながらもゆっくりと微笑んだ。
「そうですね。これほどの戦況は初めてです」
「でしょうね。卑怯な貴方はいつも逃げの一手だった。勝負を楽しむのは何時も貴方の勝利が確定した時だけ。逃げ足の早さだけは誰よりも早かったですしね」
蔑む言い方を敢えて行いティアを挑発するレイナルドの表情は冷たかった。
「そう……下手に小細工をかけてこの女を連れて来なければ、勝機はあったのかしら」
ティア妃が私を見てくるけれど、私にはレイナルドとティア妃の話が全く分からなかった。
「お言葉ですがティア様。これはゲームではございません」
ずっと気になっていた彼女とレイナルドのゲームという言葉が、私には違和感しか無かった。
「ゲームはあくまでもゲームです」
「ほほっ。貴女のような侍女にまで叱られるなんて」
まるで小馬鹿にした様子のティアを眺め、彼女には何も届かないと分かった。
だからせめて、彼女にこの言葉だけを贈ろう。
「貴女のやっている事は、やがて貴女に降りかかってくるでしょう」
「…………え?」
ティアの表情が固まった。
ああ、覚えていてくれたんだ。
私は微かに微笑んだ。
ティアの唇が震えだす。
そして、すぐ側に置かれた棺を見る。それからもう一度私を見て。
「ローズマリー…………さま?」
当時彼女を呼んでいた敬称そのままに呼ばれるので。
私は思わず小さく笑ってしまった。




