24.王妃は狂乱に戯れる
単身で砦に侵入するには時間が無く、人を呼ぶにもやはり約束の時刻を過ぎてしまう。
だとすれば行動は一つ。
罠だとわかり切っていても堂々と乗り込むだけだ。
レイナルドは愛馬と共に指定された砦へと向かった。
奪われた棺が元々置いてあった荷馬車の上に一通の手紙が添えられており、読み終えた時に覚悟は決まっていた。
たとえ向かい捕らえられたとしても、ローズマリーの遺体を無事に帰してくれるとは考えられなかった。
だとしても、せめて国の害でしかない王妃一人の命ぐらいは奪えるのではないかと、普段では考えないような短絡的な思考でもって乗り込むことにした。
何よりも自身が出向くことにより、都合良い時間稼ぎが出来るだろうと踏んだ。
レイナルドは襲撃された場所に戻り、残された蹄の数を数えた。襲撃してきた馬の数と、護衛として連れてきた馬の数と照らし合わせる。
計算した結果、この場で無事に逃げ切った馬が一頭いることが分かった。蹄の方向からして行き先は王都。良い選択だと思った。
レイナルドはあえて手紙をその場に残し、なるべく風で飛ばされないよう細工をしてから砦に向かった。
襲撃を知ればアルベルトや王国の者が動くだろう。レイナルドの時間稼ぎが失敗に終わったとしても、手紙さえ残しておけば王妃の仕業だと分かる。懸念すべきは後々手紙も処理されることではあったが、こればかりは運に任せるしかない。何せ今のレイナルドには手助けとなる人も道具も無いのだから。
到着した砦で手荒い歓迎を受けた。
聞き覚えのある北部の訛りから、やはり小部族の怨恨を王妃が利用したのだと分かった。
レイナルドに対して小部族の怒りは大きい。今でもローズ領に対して小競り合いを行ってくる小部族に対して、金銭的に解決できる部分は解決させてきてはいたが、それでも遺恨は消えるものではないことはレイナルド自身承知していたことだ。
復讐の果てに還ってくるものは復讐だとは。
レイナルドは苦笑した。
なるほど、マリーがレイナルドの復讐を止めるわけだ。
マリーという姉の生まれ変わりがいると分かっているのに。
たとえ炎によってローズマリーの遺体を葬られようとも、ローズマリーの魂は彼女と共にあると分かっているのに。
レイナルドには姉を無視することなど出来なかった。
(まるで呪縛だ)
自身が築き上げた呪いにも近い感情だった。
姉は既に心満たされ、彼女の望むべき形で生まれ変わったというのにレイナルドだけが何も変わらない。
グレイという復讐すべき男を目前にして、姉の願いをマリーによって奇跡的に知ることが出来たというのに。
レイナルドにとっては今も尚ローズマリーという存在が全てだった。
ただ、その事に対してレイナルドは一切の後悔は無かった。
後悔があるとすれば、自身の復讐を果たすためにアルベルトや小部族の者達をも巻き込んだことだろう。
(姉様は私の幸せを願って下さっているけれど)
レイナルドにとっての幸せは、何処までもローズマリーに繋がっていることだけだった。
無理矢理に連れてこられた場所に突き飛ばされ、体をよろめかせながら前を向けば、その部屋には一人の女性が優雅にワインを飲んでいた。
ティアだった。
「お久し振りです、レイナルド様」
今も昔も変わらないあどけない笑顔で挨拶される。この笑顔が末恐ろしいことをレイナルドは知っている。
「賊の長のような立ち振る舞いがお似合いですね、王妃よ」
「そのようなこと仰らないで。部族の皆さんはこのような私に力を貸して下さったのです」
嬉しそうに微笑まれて周囲の男達の緊張が緩む。
そう、彼女の恐ろしい部分はここだった。
何処までも無垢な少女のように振る舞い、男の関心を寄せる。
娼婦のような艶やかさなど無いというのに、男達はあっさりと陥落されていく。
「良いお年なのですから、そのように少女めいた発言はやめたらよろしいかと。見ていて恥ずかしいですよ」
だからこそ彼女が気にしてそうな事を指摘するも、ティアには響かない。
「ふふ。レイナルド様らしいですね」
クスクスと笑う声は無邪気な悪魔のようだ。
このような戯けた様子で、か弱そうに見せて。
姉を殺し、ユベール家を潰し、王子を陥落させ。挙句に北部の部族を陥落したというのだから。
「私、ずっとレイナルド様と遊びたかったのです」
ワインを飲み干したティアがレイナルドに近付く。照明が薄暗いためなのか、レイナルドはティアに対して何処か違和感が芽生えた。
しかしその違和感の理由が分からない。
ティアは更にレイナルドに近づく。
「いつも私を愉しませて下さる方……」
ワインのせいなのか、頬を微かに赤らめさせながら細い指がレイナルドに触れる。
「何して遊ぼうかって、いつも考えていたのです」
「相変わらずの悪趣味だ」
吐き捨てるように笑うレイナルドを笑顔で受け流す。
「嫌ですわレイナルド様。それ、私にとって褒め言葉ですの」
「…………?」
間近で微笑むティアの姿を見ながら、レイナルドはやはり妙な既視感が生まれた。先ほどから感じる違和感が更に強まる。何故だか今のティアに対して、何処か見覚えがある気がした。
顔では無い。彼女の顔など見るのも嫌なほど毛嫌いしている。ならば何だろう。
ふと、ティアの好みとは違うドレスのデザインに気が付き。
分かったと同時に強い殺意が芽生えた。
「お分かり頂けました?」
嬉しそうに微笑むティアが、怒りに燃えるレイナルドの表情にうっとりとしている。
「貴様……姉様の物を奪ったのか!」
「勿論です。このお気に入りだったドレスも、宝石も大事に取っておいてありますわ」
ティアの着ているドレスが、生前ローズマリーが気に入っていた花の刺繍が散りばめられたドレスだと気付いた。
ローズマリーによく似合う百合色のドレスが。
この性悪な女に似合う筈が無い。
レイナルドは拘束された腕を振り上げてティアに殴りかかろうとしたが、横に立っていた男達によって止められ、殴られる。
痛みなど無視してティアを睨むが、その視線すら楽しむようにティアが可憐に笑った。明らかにレイナルドの反応を愉しんでいるようで、レイナルドはこの女が狂っているのだと実感した。
殺さなければ。
復讐も、国の安寧も今は関係無く、この女そのものが危険だと警鐘を鳴らす。
そして更に女はレイナルドを恐怖に陥れた。
「今日この日のために一人の女性を招待しているんです。名前は何だったかしら……そうそう、マリーと仰る女性だわ。貴方もご存知でいらっしゃるでしょう?」
可憐に微笑むティアの口から出てきた名前を聞いた時に見せるレイナルドの顔は蒼白となっていた。これ以上人を苦しめる行いをこの女は続けるというのか。
ティアはレイナルドの様子に、満足そうに微笑んだ。
「どんな女性なのかお会いするのが楽しみだったのです。貴方はその侍女の事がお好きなのでしょう?」
「……そうですね。貴女のように醜い心も持ち合わせていない清らかな女性だ」
「ふふっ。妬けてしまいます」
その清らかな存在を、どう傷つけて遊ぼうかとティアは遊興に耽っている。
周囲も異常な王妃の様子に不安そうな様子を見せていた。彼女に纏わりつく男達が最後に見せていた表情はいつも恐怖に怯えていた。それまでは害のない無垢な笑みを浮かべながら男を誘惑し、最後はいつだって残酷なほどに裏切って遊んでいることをレイナルドは過去何度も見聞きしていた。
「どなたか彼女を連れてきて下さらない?」
「わ、分かりました!」
傍でレイナルドを拘束していた男のうちの一人が離れ、部屋を退室して行った。
この場にマリーが来て、どう彼女を守るべきかレイナルドは考える。
腕に隠し持っている小刀でせめてティアだけは仕留めようと思っていたが、もしマリーを人質にでもされたらどうしようもない。
マリーだけは、何があっても守りたい。
この女の好きなようには、絶対にさせるものか。二度と、彼女の魂をこの女に汚させるものか。
すると間も無くして別の男と拘束されたマリーが入ってきた。
先ほど出て行った男とは違う者に掴まれたマリーは、レイナルドの知るマリーそのもので。
そして捕らえられているというのにも拘わらず堂々としたマリーの瞳は。
真っ直ぐにティアを捉えていたのだった。




