23.亡骸となっても愛する人は一人
暫く何も見えない状態だった景色から、麻袋を取られ視界がいっきに広がった。
「大丈夫ですか? エディグマ嬢」
「はい。今はどうなっているのでしょう」
「ここで待機するように言われました」
よく見ると小さな待合室に案内されたようで、質素な椅子と机だけが置かれた部屋だった。中に案内された後、すぐに部隊長が脅して連れてきた男を気絶させたらしく、男が床に転がっていた。
「彼には暫くここで眠ってもらいましょう」
騎士団の人達は行動力がおありなようで、いつの間に持っていたのか縄で男をグルグル巻きにし、口元まで覆うと入口から見えない場所に置き捨てた。
「入るまでの間、兵はどの程度いたのですか?」
麻袋で顔を覆われた状態だったので私には周りの景色が一切見えなかったけれど、雇い兵だと思われていた部隊長は全てを見ていた。
「ここまで来る間に見かけた数は少ないです。あまり大部隊でいるわけでは無さそうですよ。これなら団長にもすぐ声を掛けやすい」
「どうやって合図を……?」
「ああ、エディグマ嬢は持っていませんでしたね。良ければこれを。一つ予備に持ってきていますので」
渡されたものは発煙筒と呼ばれるものだった。
私は初めて目にしたけれども、存在自体は知っている。狼煙を上げる時に使われるものだ。
「使う時はここを力強く折ってください。中で引火し、煙がいっきに出てきます」
「ありがとうございます」
「これを合図にして団長達が一斉に襲撃する予定です。良いタイミングの時があれば使って下さい。どちらかが外で使えばすぐに分かるでしょう」
私は心許ないけれどポケットに発煙筒をしまう。
部隊長が扉の前に立って様子を窺い、問題ないと思ったのか扉をそっと開けた。
「今なら大丈夫そうです。行きましょう」
「はい」
小声で、かつ足音をなるべく立てないように二人で部屋を出た。薄暗い砦の中には部隊長が言っていたように兵の姿はあまり見られなかった。特に警護に慣れている様子でも無いため、雇われ兵なのかもしれない。
息を潜めながら道を進む。何処に向かうべきなのか分からないため、隠れながらもレイナルドや王妃を探さなくてはいけない。
アルベルトと話した作戦としては、レイナルドと会えれば合流して身を潜め、王妃を見つけたところで狼煙を上げるということ。狼煙を上げる場合、もしレイナルドが居なかったとしても問題は無い。もしかしたら彼がここにまだ到着していない可能性もあるし、最悪王妃に捕らえられている可能性もあるためだった。
『危険な賭けではありますが、レイナルド卿がここに居ても同じ事を考えるでしょう。たとえ彼が命の危険がある状況だとしても王妃を捕らえる事を優先するべきと言います。誤解しないで下さいよ。復讐といったことからではなく、誰もが生存できる可能性が高いからです』
今回のように国際問題を巻き添えにするような王妃の存在を野放しにすることこそが、ディレシアス国にとって最悪な事態であるということを、宰相としてレイナルドも考えることであると、アルベルトは告げる。
それでも私は、少しでも可能性があるのであれば命の危険を無くしてレイナルドを助けたい。
どうか無事でありますように。
祈ることしか出来ないまま、私は彼と王妃を探すため砦の中を歩き回った。
けれど祈りというのはやっぱり届かないもので。
身を潜めながら聞こえてきた声に私は絶望した。
「レイナルド・ローズだ! ティア王妃の元に連れて行け!」
兵が歓喜し声高らかにレイナルドを捕らえたと騒ぐ。レイナルドの姿を見たいと焦る私の肩を部隊長が押さえる。今は辛抱の時だと。
「最悪の事態ですが、逆を返せばこれで王妃の居場所が特定出来ます。今は待ちましょう」
建物の陰に隠れながら私は頷き、段々に近付いてくる声の方角を盗み見る。
そこには男達によって拘束されたレイナルドが黙って歩いていた。体中に傷があり、手には拘束用の縄が巻かれている。
捕まったというが、恐らく手紙を読んで堂々と訪れたのだろう。兵達に抵抗する素振りは無かった。
(やっぱり……)
私は、ローズマリーの棺が奪われた事によって起こすだろうレイナルドの行動が的中したことに胸が痛んだ。
レイナルドなら、たとえ死んでしまった姉の亡骸であろうとも自分の命に代えてでも取り戻しにくるだろう、と。
ローズマリーの遺体を炎によって弔うという文章を読んだ時。
周りの騎士達はまさか、と疑ったけれど私は必ずレイナルドが向かうと思った。
既にローズマリーは私に生まれ変わったと知っていても尚。
レイナルドが唯一愛したローズマリーは、骸の姿になったとしても棺の中に眠っているのだから。
ローズマリーの愚かにして最愛の弟は、ローズマリーに関する全ての事に諦めることはない。
だからこそ私も諦めない。
レイナルドを幸せにしたいと願った前世の願いを。
絶対に果たしてみせる。
「向かいましょう」
意を決して私は部隊長に告げると、部隊長も頷く。
人が増えた砦内の中、私達はレイナルド達の後を隠れながら付いて行った。
短いですが間に合いました!
優しいコメントありがとうございます…;;
段々レイナルドがヒロインと化してきました。