21.閑話(逃亡した王妃は遊興にふける)
『は、初めましてグレイ王子……今日から王子の侍女となりますティア・ダンゼスと申します。よろしくお願いします!』
顔を赤らめて。少しだけ頼りない様子で見せて。
『グレイ様はとてもお優しいのですね……失敗した私の事をそのように仰って下さるなんて……』
頼りなく見せながら、相手を尊敬する感情を伝える。
そうすればほら。
彼はまんざらでもなさそうでしょう?
手札を使い、頭を使い行動した事が結果として反映されていくゲームは愉しい。
そうして王子はティアの元に陥落した。
ゲーム終了。
ティアはいつも、そうして自身が作り上げるゲームを考えては攻略し、勝利する悦びを得ていた。
彼女の父に命じられ王子の侍女として仕えるよう言われた時も、彼女のゲームは王子と恋人関係になることを目的とした。
それが終われば、次は王子と婚約関係にあったローズマリー・ユベールとの婚約破棄というゲームだった。
それとなく人を使い彼女がティアを迫害するという噂を立てる。
更には彼女から虐めを受けたという証拠を作る。
ローズマリーの父親であるユベール侯爵に関しては、ティアの父が遊び相手にしていたらしく、次第にユベール侯爵家は窮地に立たされていった。
ゲームが重なるとこんなにも影響が大きいなんて。ティアは怯え震える演技をグレイに見せ、安心させるように抱きしめてくる腕の中でそう思っていた。
ゲームの最中、一度だけローズマリーに忠告されたことがあった。
『貴女のやっている事はやがて貴女に降りかかってくるでしょう』
まるで預言者のような物言いだった。
牢獄に入れられ、あとは処刑を待つだけだというローズマリーと会った時の事だった。
ゲームは勝利し、敗北者からそのように言われることは不快だった。けれど彼女はあと数日もすれば処刑される。ゲームはティアの勝利だったのだから。
ローズマリー・ユベールが処刑され、ティアがグレイ王子の婚約者となってからはすんなり物事が進むので興醒めしていた。他に何かゲームが無いかと探すも、今まで遊んできたゲームに勝るものは無かった。
ただ、一つゲームになりそうな要素はあった。
ローズマリー・ユベールを処刑した時に見かけた少年だ。
涙を流し姉の死を悼むレイナルド・ユベールが
彼の愛する姉が処刑され、縄にぶら下がるローズマリーを見た後、ティアを睨んだのだ。
殺してやると言わんばかりの怒りに、ティアは新しいゲームが生まれる悦びを得た。
けれど期待と裏腹にゲームは始まらず、ティアは気づけば王子妃となっていた。
既にゲームを終えた夫との間に子供をと命じられるため、夫との時間に費やし王子を一人産んだ。
産み終えた時の感想は、もう二度と出産をしたくない、ということだった。
ゲームと考えられるほど出産は楽しくなかった。初めて感じる痛みにティアは辛く流したくもない涙を流し、どうにか赤児を産んだが、これほどまでに子を成す事が辛いとは。
ゲームばかりに時間を費やしてきたティアは自身の痛みに弱かった。痛覚ほど現実に戻されることは無い。遊びこそ生きる価値であると見出したティアには痛みしかない出産が嫌だった。
だからこそ第一子が王子である事を喜んだ。もうこれで子供を産まなくて済むと。
時を得て、ようやくゲームが始まる兆しがあった。
レイナルド・ユベールが北部の小部族を制圧した知らせが王宮に届いたからだ。
それまで暇を持て余していたティアは、夫の悋気で遊んでみたり人には出来ない豪遊をしてみたりと小さな戯れ程度の刺激しか無かったため、この知らせに大いに喜んだ。
ようやくあの少年がゲームを仕掛けてくる。
どのようなゲームをしてくるのだろうか、こちらも用意をすべきだろうと考えた。
まず手駒を増やすために隠密を雇った。
生憎と、王妃という立場のせいで行動が制限されてしまう。出来る限りの戦略を立てる。
王宮にレイナルド・ローズ公爵となった少年の名が広まっていくにつれ、ティアは立場が揺らぐことを体感的に感じていた。
このままでは彼の復讐という目的が達成されてしまう。
ならばその前に退路を作らなければ。
ティアは何かあった時の脱出経路を用意した。幸いなことに誰も存在に気づいていない古い隠し通路を見つけたため、何かあればそこから逃げ出せば良い。
次に逃げた後の脚を用意した。ダンゼス派から繋がり、ティアに加担する貴族も多少は存在する。今まで甘い汁を吸わせながら育ててきた貴族だ。役には立つ。
それからティアが極秘裏に動いたのは、レイナルドに対する切り札を作り上げることだった。
隠密にレイナルドの行動を調査させた結果、彼が亡きローズマリーの遺体を隠し持っていることを知った。これは良い情報だと思ったが、使いどころが悩ましい手札だ。
更にはティア独自で北部地方の小部族と連絡を取った。
彼らはレイナルドに騙され領地を奪われたことにより、レイナルドへの復讐心が強い。
レイナルドがティアに対し復讐を果たしたいというのであれば。
こちらも復讐という切り札を作るまで。
小部族の者達は、多くを望まなかったがレイナルドという男の死だけは強く望んでいたため意見が合致した。
ああ、何て愉しいゲームなのだろう。
久しく遊んでいなかった遊興にティアは満たされていた。
王宮から逃げ延び、ティアの配下である貴族に逃してもらい小部族のいる砦まで移動した。それからは小部族の元で計画を練った。
レイナルドが亡き姉の墓碑を故郷に建てるという情報を得て、この機会を逃すべきではないと部族の者と話し合った。
更には王宮内に潜ませていた従者から、近頃レイナルドが何処ぞの侍女に関心を寄せているという情報を得た。これも切り札として使えそうだと、人を雇い隠し通路から侍女を誘拐する計画を立てる。
二つほど揃えた切り札をうまく使えば、レイナルドを捕らえることが出来るだろう。
彼女のゲーム目的はレイナルドだった。
レイナルドはティアに復讐を果たすことを目的としたゲームに、ティアはレイナルドに復讐を果たしたい小部族を当てて勝負に挑む。
勝利した際、ティアはそのまま北部の小部族による縁を頼り遠方に拠点を移す事を条件としていた。小部族の新しい長もこれには承諾してくれた。彼らの復讐心は根強い。まるでティアを睨んでいた幼い少年のような瞳にティアの感情は昂った。
面白いゲームができそうだ。
ティアにとって王妃という身分はゲーム上の駒の役割でしかなかった。
要は、ゲームに勝てれば良い。
レイナルドへの切り札となるローズマリーの棺を砦に運んだティアは嬉しそうに笑う。
いつの時も彼女に絡むゲームは愉しい。
婚約者を奪う時も。
彼女に罪を擦りつけ、処刑させた時も。
彼女の弟とのゲームも。
全てローズマリーに関係する遊びだった。
「楽しませて下さいませ。ローズマリー様」
若い頃、彼女やグレイに見せていたあどけない笑顔で彼女に話しかけた。
姿を見せなかったレイナルドに対し、残された荷馬車に一通の手紙を残しておいた。
棺は今日の夜、本来彼女が受けるべきであった炎により弔いを行うと。
罪人は土に還すというディレシアス国では罪人は死後、二度と地を歩まぬようにと火葬される。しかしローズマリー死後、レイナルドによって遺体を盗まれた。
大切にしていたローズマリーを焼かれると分かれば、例え罠であったと知っていても彼は来るだろう。更には王都に使いを出して彼が懇意にしている侍女を拐うように命じてある。もしローズマリーの棺に関心を寄せなかったとしても、侍女を手札にしてみてはどう動くか。
ティアは胸に期待を寄せながら時を待った。
「ティア様」
使いの一人が棺の近くに立っていたティアの元に寄ってきた。
「王都の者が侍女を捕らえてきました。雇った者は捕まったようですが、彼らの仲間が代わりに連れてきたと言って金銭を要求してきています」
「そう。じゃあ、お金を渡しておいて。捕まったというならここもすぐにバレるでしょうね。夜半には逃げ出しましょう。きっとレイナルドは来るでしょう」
悠然として微笑みで接すれば、使いの男は頬を赤らめながらティアの伝言を小部族の長に伝えに行った。
砦にはティア以外に小部族の兵がいる。例え王宮から騎士が寄越されたとしてもその場凌ぎにはなるだろう。
念のため自身の退路を計算に入れながら、ティアはその時を待った。
ゲームが始まる時は。
いつだって胸が昂まるのだ。




