20.転生した令嬢の大切なものは
王妃の存在が可能性として現れたことで、リゼル王の元に急いで使いを出す必要が出てきた。
タイミングが悪い事に、リゼル王は今視察で各領地に出向いているため王城には居なかった。
「多分誘拐してきた男達も雇われでしょう。ただ気になったのは北部の訛りがあることです」
エヴァ様の話によれば、尋問した男達は身分も不特定でガラが大変悪い様子だった。しかし依頼人の口を割らないあたり忠誠心のような強い意志があるようだ。
こういった類の人攫いや悪人の場合、重罪の扱いであり最悪死罪の可能性も出てくるため、罪の軽減を望むため口を割ることの方が多いらしい。
しかし男達は全く口を割らない。王妃の名を出しても反応が悪いとのこと。
「挑発してみせた時の言葉訛りからして北部の小部族が絡んでいる気がするんですよね」
「……だとしたら」
「マリー?」
私は、最悪な想定に辿り着き、急いでアルベルトにしがみついた。
「レイナルドが危ないかもしれません! 急いでローズ領に確認しないと……!」
「レイナルド……そうか」
アルベルトも理解をしたらしく顔色を変えた。
北部の小部族は、十年以上前にレイナルドによって騙され北部の領地を奪われている。その怨恨が関係しているのだとすれば、本命はレイナルドだ。
「王妃が裏で絡んでいるかもしれませんが、レイナルドを狙ってのことだとしたら彼にも危険が及んでいるかもしれません。彼は今」
「……ローズマリー様の棺と共にマクレーン領に向かっているところだ……」
そのタイミングの悪さから、危険な状態であることを理解した。
胸が不安からドクドクと波打ち出す。
こういった時こそ、嫌な予感というものは当たるらしく。
「団長!」
騎士団の一人が息切れしながら私達のいる執務室に入室してきたと同時に、最悪の知らせを届けてくれた。
「レイナルド・ローズ卿を護衛していた者から、公爵が襲撃にあったとの知らせがありました!」
悲しいことに、私の予感が的中した瞬間だった。
王城に瀕死状態で駆けつけてきたローズ領の護衛は、深手の傷を負いながらもレイナルドが棺を移送中に襲われたことを教えてくれた。
ローズ領に戻らず身を潜めていること、逃げ出せた者は王宮やマクレーン領に行き、状況を伝えるよう言われていたこと話した。
報告しに来た護衛の治療を待機していた騎士に命じ、アルベルトは王に出そうとしていた使いに対し更に今の話を伝えるように指示を出した。
「まずはレイナルドの救出ですね。急いで向かわなければならない。フィール。王都はお前に任せる。第一、第二部隊を借りていいか?」
「分かりました。追加が必要な事態があれば連絡をよこして下さい」
「分かった。マリー、貴女は王都で待ってて下さい」
「そんな! ご一緒させて下さい!」
レイナルドに危険が及んでいるのに、落ち着いて待ってなどいられない。
「どうかご一緒させて下さい!」
「ですが」
「そうですよ団長。彼女はたったさっき襲われています。また襲われたとしても、私が間に合うか怪しいんですから。だったら一緒に連れてって守ってもらった方が安全ですよ」
エヴァ様が援護に回ってくれた。心の中で感謝しつつ私はアルベルトに詰め寄った。
足手まといになることは分かっているけれども、王宮でじっとなんてしていられない。
「……分かりました。ではすぐに向かいます。マリーは絶対に私から離れないように」
「はい! ありがとうございます!」
私は感謝してアルベルトの手を強く握り、それから急いで彼らと共に出発の準備に向かった。
王都内が騒ぎ出す。朝の訪れと共に現れた騒動に寝ぼけ眼だった者達は何事かと口を開く。
支度を終えた私は最低限の荷物と共にアルベルトの乗る馬に相乗りさせてもらい、騎士団の部隊が号令と共に王都を離れる。
幾多の馬の蹄が城下町に響き渡りながら、私はひたすらにレイナルドの無事を祈った。
レイナルド。どうか無事でいて。
きっと彼のことだ。ローズマリーの亡骸を盾にされ動けないかもしれない。
それすらも、今回の計画者は計算していたのだろう。
彼らを襲撃したという場所まで、王都から馬で駆けて数時間は掛かる。それまで時間すら惜しいくらいだ。
「マリー」
猛スピードで走りながらも、私を落とさないようアルベルトが背後から強く抱きしめる。
このような事態だというのに、胸が騒ぐのは不安以外の何かで、私は小さな声で返事をした
「絶対に私から離れないで下さい」
再三言われている指示に私は頷いた。
不謹慎にも、こうして傍に感じるアルベルトの温もりに心が和らいだ。さっきまでどれだけ怖かったか。それでも、こうしてアルベルトが近くに居るだけで心の底から安心できる。
離れろと言われても、私が離れたくない。
いつから、こんなに私はアルベルトに依存してしまったのだろう。
彼の事を前世の記憶で思い出した時には持っていなかった感情だった。
ローズマリーの記憶に残るアルベルトは、幼い頃に小さく芽吹いた初恋の相手ではあったけれど、叶う事のない現実の中で消え去った思い出の一つでしか無かった。
記憶を取り戻し、彼やレイナルドに前世の事がバレてから過ごす機会が増えて。
気付けば当たり前のようにレイナルドとアルベルトは私の傍にいてくれた。
復讐という言葉に呪われた彼らが、ローズマリーの想いを知り生まれ変わったように前を見てくれるようになって、私自身も嬉しかった。彼らがローズマリーの亡霊から解き放たれてくれたことは、ローズマリーの願いの一つでもあったから。
それからは共に食事をし、共にくだらないことで笑い合える時間が愛しかった。
ローズマリーが叶えたかった願いを、マリーとして生まれ変わった今叶えられることが、私自身も嬉しかった。
それと同時に、マリーという私が必要とされているのか、それともローズマリーとして必要とされているのか不安になってしまったのは。
あまりにも彼らと過ごす時間が愛しくて大切だから。
けれどもう迷わない。
私は私。
ローズマリーの過去も全てひっくるめて。
全部を受け止めたマリー・エディグマが、今の私の全てだと。
そう思い直したら、自分の中で気持ちがスッキリした。
馬が走る中で見えた昇る太陽の光が眩しく、私は思わず目を閉じる。
心地良い風と太陽の日差しに、傍で感じるアルベルトの温もり。
そのどれもが大切だからこそ。
私は大切なものを守るために、過去の呪縛となる王妃と対峙しないといけないのだ。