19.転生した令嬢は推理する
アルベルトの腕の中にしがみついて、怖くて震えていた身体がようやく落ち着いてきた。
すると聞こえてくる胸元の心臓の音が心地良くて、思わず縋り付きたくなったけれど。
ふと考えれば、今いるのはアルベルトの腕の中で。
我に返って身体を離そうとしたけれど、背中に回された腕の力は緩まず私を抱き締めている。
急に恥ずかしくなって、顔を赤く染めながら見上げるとアルベルトと目があった。
心配そうに覗く顔を見てくれるその焦茶色の瞳が、ひたすらに恋しく思えた。
ずっと、アルベルトが私ではなくローズマリーを見ているのではないかと悩んでいた。
過去の姿に想いを告げられたのではないかとか考えて素直に彼からの好意もうやむやにしていた。
ローズマリーの面影を、誰よりも気にしていたのは私だった。
けれど、ずっと胸に抱えていたわだかまりさえ、もういいやと思えた。
今こうして駆けつけてくれたアルベルトが。
ただひたすらに嬉しかった。
「大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございました。でも、どうしてこちらに」
無事を確認したアルベルトが抱き留めていた腕を緩め私を見つめる。
「失礼ながら貴女の部屋を覗いたら姿が無くて。とにかく無事で良かった」
姿が見えなかっただけで探しにきてくれたことが嬉しくて、また涙が出そうになったけれどもグッと我慢した。
アルベルトは私の無事を確認すると、倒れている男達の元に駆け寄った。
私を引きずろうとしていた男は矢で射抜かれていたけれど、もう一人の男はどうなったのだろう。
さっきまで逃げることに必死で、どうなったのか分からなかったけれど、どうやらもう一人はアルベルトの存在に気付き逃げていたらしい。
追わなくてはと思ったけれど、アルベルトは私の考えを察したらしく「大丈夫です」とだけ伝え、男を持ち上げた。
呻き声が出ているので意識は辛うじてあるらしい。
「いた! 団長〜」
城門近くからエヴァ様の声が聞こえてきた。
何名かの騎士と共にアルベルトの元に駆けつけてきてくれた。
「一名、王城から抜け出そうとしていた男を捕まえましたよ」
「よくやった」
先ほどの男はどうやら騎士達によって捕らえられたらしい。
「騎士団の牢にぶち込んでおきました。あと、リエラ嬢も客間にお連れしておきました」
リエラの名前が出され私は、顔をアルベルトに向けた。
彼は既にこの件でリエラが絡んでいることを知っていた。
アルベルトは男をエヴァ様に引き渡すと、私の膝裏に腕を回し持ち上げたと思ったら、そのまま横抱きにして歩き始めた。
「すぐに向かう」
「ア、アルベルトさま!」
私を抱えながら足早に向かうため、上擦ってうまく声が出せない。突然に抱きかかえられたことで驚くまもなくアルベルトは騎士団の建物に向かう。
「歩けますから、降ろして下さい」
「脚を怪我しているのに気づいていませんか?」
言われてスカートから覗く足下を見た。何てはしたない格好だろう、というのは置いておいて。見れば確かに切り傷がいくつかあった。
思い出せば窓を壊し外に出た時に傷が出来ていた。あまりに展開が早すぎたことで痛みも感じていなかったのだろう。
「脚だけではないですよ。腕も」
間近で見下ろす視線が少し怒った様子で言ってきた。改めて腕を見ると、脚と同じように切り傷が幾つか。
「すぐに手当てをしよう」
「そこまで痛くないので後でやりますよ」
それよりも今はこの事態を把握する事が大事だった。と思った私の顔をまた焦茶色の瞳が怒ったように睨んできた。無言の圧力。
「すぐに手当てしましょう」
「……はい……」
今は大人しくしていた方が良さそうだった。
私は、自分が歩くよりも早いスピードで進むアルベルトから落下しないよう肩に捕まりながら、周囲に好奇の目で見られながら。
騎士団の建物に入った。
傷の手当てを受けている間にエヴァ様が男達に尋問を行ったらしい。
団長自ら手当てをするという異様な光景の中で報告して下さった。
「全く口を割らないですね。まあ当然かもしれませんけど。ただ、男達のことはリエラ嬢は知らなかったみたいですよ」
リエラへの尋問は既に終わっていた。
報告によると、彼女の家はかつてグレイ王の側近として勤めていたため、王の失脚に伴い彼らの立場も大きく変わってしまっていたとの事だった。
それまで自領をうまく回さずに王の甘い汁を啜っていたために家が困窮したらしく、王宮で勤めるリエラに随分声を掛けていたらしい。
王子に何とか声を掛けて貰えないかとか、金銭的に援助してもらえる者を探して欲しいだとか。
リエラ自身どうすれば良いか分からないところで、とある貴族からの使いだという者からお金を渡されると共に相談を受けたらしい。
『貴女はマリーという使用人を知っているだろう?』と。
リエラは、急に現れてはローズ公爵や騎士団長と過ごす私のことを確かに好きではなかった。
彼女自身から直接的に嫌がらせを受けたことは無いけれども、視線から嫌悪を抱いていることを知っていたので私は特に気にせず話を聞いていたのだけれど。
そっと気遣うように手を握ってくれたアルベルトと目が合う。
私は大丈夫という気持ちを込めて微笑んだ。
リエラは依頼人の使いだという男から話を聞いた時、何故私の名前が出たのか分からなかった。
ただ、名前を伏せられた依頼人がマリーを嫌っているため少しだけ彼女の脚を止めて欲しいと相談されたらしい。
実行日はマクレーン領に向かう日の朝。
一介の使用人風情が、ローズマリー令嬢の縁戚に当たるという理由だけで公爵や騎士団長と懇意にし、式典にまで出席することが許せないと主人が言っているので。
せめて向かう脚を止めるために備蓄庫に閉じ込めて欲しい、という相談を受けたらしい。
最初こそ共感して実行しようとリエラは同意した。
しかし実行する当日になって、段々不安に駆られていった。
嫌がらせのためだけに、どうして少なくない金を渡すのだろう。
備蓄庫は閉じ込めるには確かに良いかもしれないけれど、閉じ込めるだけならもっと良い場所もある。それに、閉じ込めて一体何をするつもりなのか。
リエラは段々恐ろしくなっていった。
けれど貰った金は既に父に渡していて返すことも出来ない。
そうこうしている内に実行してしまったということだった。
「もうあわす顔がないと言っていましたけれど、マリー嬢の無事を喜んでいましたよ」
エヴァ様から言われ、私は何とも言えない気持ちで微笑んだ。
こうなってしまった以上、リエラは王宮で勤めることは出来ないだろう。合わす顔が無いというけれども、そもそも会える機会すら彼女は失ってしまったのだ。
「その依頼人というのは……」
彼女を動かした相手を知りたくて尋ねたが、エヴァは首を横に振った。
「身分が高いということは分かってるようですけど、何処の誰かまでは知らなかったみたいですね。そんな怪しい奴の言うことを聞くなんて愚かすぎるって話ですよ」
辛辣だけどその通りだと思うので何も否定しなかった。そして改めて考える。
身分が高く、王の側近だったリエラの一族の事情を知っている者。
そして、あえて備蓄庫に閉じ込めるよう指示したのも、隠し通路の存在を知っており、そこから男達を使って私を誘拐しようと考えていた。
王宮でも知る者が少ないだろう隠し通路を知っていた人なんて。
「王妃?」
思わず声に出してしまった事に気付き慌てて口に手を当てたけれど。
「そうだな」
「マリー嬢、大正解!」
二人は既にその推測に至っていたようだった。