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16.転生した令嬢は過去の恐怖に打ち勝つ(上)


 故郷から持参した衣類の中から黒を基調としたワンピースを身に纏い、おかしな部分がないか確認する。

 長いシンプルなスカート。襟元の僅かな刺繍は時間がある時に自分で花模様を縫ったものだ。

 なるべく他所行き用の私服を探しに探し、ようやく見つけたワンピースだけだと質素すぎるため刺繍を入れておいて正解だった。


 今日はついに、マクレーン領に向かう日だった。

 もう間も無くすればアルベルトが迎えに来てくれる。逸る気持ちで支度も既に済ませてしまった。後はアルベルトを待つだけだった。

 落ち着きなく部屋の中を歩き回っていたところで扉をノックする音が聞こえた。

 約束よりもまだ早いアルベルトの到着と思い、はしたなくも声もかけずに扉を開けてしまった。

 まさか別の人物が立っていると思わなかったため、顔を見た瞬間驚いて小さく悲鳴を上げてしまう。

 必ず相手を確認しないから、こういう失態をするのだ。


「驚かせてごめんなさい、リエラ……どうしたの?」


 急に飛び出してきた私に驚いたのは訪れてきたリエラも同じだったようで、少し扉から離れたところで私を見るリエラに謝った。

 まさか、同僚が朝早くから訪れるなんて考えもしなかった。

 今日から何日か私は仕事をお休みにしている。ローズマリーの慰霊碑での式典が終わるまで、騎士団での仕事は休暇にしていた。

 といっても、団長であるアルベルトに付き添う形になるため、実務と変わりないですよと、エヴァ様は仰って下さっている。

 そして遠出する旨も仕事で直接関わる方達には伝えているため、リエラも当然私が今日から出掛ける事を知っていた。

 だからこそ、何故彼女が訪れてきたのか分からなかった。


「早くからごめんなさい……マリーが出掛ける前に仕事で確認したいことがあったの。今少しだけ平気かしら?」

「少しなら……」


 リエラとは婚約者候補として侍女をしていた頃、何度か仕事で一緒になったことがあった。

 王宮侍女の勤めを行う間、身分や立場はなるべく意識無いようにするため、侍女達の間で敬称は控えるよう話をしていたため、私と彼女は名前で呼びあう関係ではあったけれども、かといって親しいほどの間柄でも無かった。

 彼女自身婚約者候補の騒動がある前から侍女として王宮で働いていたため、仕事に関して教わることもあった。

 ただ、彼女自身も婚約者の立場を狙っていたのか、もしくはレイナルドやアルベルトに好意を寄せていたのか、私に対する風当たりは強かった。

 この間のように鋭い視線を投げかけられることもあったけれど、それでも仕事に関しては真面目な彼女の言うことだから今のような訪問もあり得ることかもしれない。

 私は頷いた後、リエラの後を続き王宮の廊下を歩き出した。


「これからマクレーン領に行かれるのでしょう? ローズマリー様の慰霊碑建立の式典が行われると聞いてるけれど」

「そうなの」

「貴女がローズマリー様の遠縁というのは本当だったのね」


 リエラとの会話に私は笑って濁した。

 リエラは足早に王宮の廊下や階段を進みながら、呼び出した理由を教えてくれた。


「王宮地下の備蓄庫に騎士団の隊服が紛れていたの。新しい物だったから仕立てたばかりのものかと思ったのだけれど、どうやら間違えて備蓄庫に移動させられたかもしれなくて。本当はマクレーン様かエヴァ様に確認したかったけれど、隊服の手配は騎士団では侍女が行っていたことを思い出したのよ。だから、一度マリーに確認してもらってから後でマクレーン様に報告してもらおうと思って」

「確かに頼んでいたわ。それにしても備蓄庫に届いてるなんてどうしてかしら」


 備蓄庫は、王宮の倉庫のような場所であり非常用の備蓄を用意した場所でもあるが滅多に訪れる事は無い。更に場所も悪く王宮の地下にあり、滅多に使われることは無い。

 時折仕事で使用する機会もあるにはあったものの、私も出入りをするぐらいで奥まで入ったことは無い。

 備蓄庫の鍵を取り出し中に入るリエラに促され、私は扉近くに置かれた室内用の燭台を手に持ち、側に置かれたマッチを使い火を灯した。

 微かな光を灯して備蓄庫の中を見回す。窓一つ見つからない暗闇の中には物が雑多に置かれていた。


「あそこに置いてあるのが隊服よ。王宮の服だと思っていたら違ったわ」


 リエラが指さす先に置かれた麻袋を見る。

 暗闇の中を進むことに抵抗はあったものの、確認するためにも奥に進む。リエラを一瞥すると、入口の扉が閉まらないよう手で押さえている。

 一歩前に進む。


「マリーってば最近ローズ公爵とマクレーン様に可愛がられているって噂があるのは知ってる?」

「ええ。知っているわ」


 また一歩進みながら私は僅かに警戒しだした。


「悪質な悪戯をされているのは本当?」

「そうね。そういった感じの事をされることもあるかしら」


 王宮に住まう女性からこれ見よがしに足を引っ掛けられたり、わざと水を掛けられるといった嫌がらせを受けることはあった。全て妬みからくるもので私は相手にしていなかった。

 こういった嫌がらせは反応すれば余計に悦ばれると知っていたので無視していた。

 露骨に態度に出す者もいたけれど、暫くすれば姿を見なくなる。多分だけれど、周りで見てくれている方がそれとなくレイナルドやアルベルトに知らせているのだと思う。

 私から彼らに告げ口することは無い。そして、彼らが私に何か伝えることも無い。

 言えば衝突しそうなので、結果お互い黙りあっているのが実情なのかもしれない。


 もしかしてリエラも嫌がらせが目的?

 私は更に警戒を高めて扉の前を見た。リエラは変わらず扉の前で待っててくれている。

 一度考えた憶測を、私は頭から消し去る。彼女が嫌がらせをするとは思えなかった。


 彼女は子爵家の生まれで、侍女でありながら身分も高い家柄の女性であり、誇り高かったからだ。悪質な嫌がらせをするほど落ちぶれた女性ではないと思う。

 ただ、私に対して好意的では無いことは分かっている。いつも睨むように見られる時があったから。

 多分、考えるに彼女から向けられる感情はただ純粋に嫉妬だと思った。何に対してかまでは分からないけれども。

 それでも緊張からか、私は急いで隊服の入った袋を手に取ると中身を確認した。

 中は彼女が言った通り仕立てていた隊服のようだった。


「リエラの予想が当たったわ。騎士団の隊服みたい……」


 顔を上げた時、離れた扉の前で悲痛な表情を浮かべるリエラが目に映った。

 悪質な嫌がらせでも無く、嫉妬からでも無い、怯えた表情に近かった。


「ごめんなさいマリー」


 その瞬間、重厚な扉が閉まる音がした。突如襲う暗闇に混乱しながらも、私はさっきまで開いていた扉まで辿り着いて扉を開けようとしたが鍵が掛かっていた。


「リエラ! どうして!」


 どんなに敵意を剥き出しにする彼女だけれども、嫌がらせに手を染めるような女性では無いと思っていた。

 ドンドンと強く扉を叩いても反応は無い。

 扉の先から女性の靴音が走り遠ざかる音だけが聞こえた。リエラは既にこの場を離れてしまった。

 弱い光を灯す燭台を持った手に力が籠もる。

 どうにかして中から出なければ。

 もう間もなく訪れる予定だったアルベルトにどうすれば伝わるだろう。そもそも気付いてくれるのだろうか。


 不安に押しつぶされそうになりながらも、私はどうにか暗闇の中で脱出の手助けになりそうなものを探し出した。


 暗く何も音がしない世界に、身体中が震え出す。

 この感覚は、ずっと昔に覚えがある。


 暗闇で閉じ込められる。温もり一つなく、寒さと沈黙が身体を包み込む。

 そう、牢獄だ。

 ローズマリーが投獄された牢を彷彿させた。


 涙が滲み体の震えが止まらない。


「あ……ああ……待って……」


 本能が恐怖に負けそうになる。どうにか意識を取り戻すため、身体を強く抱き締め蹲った。

 一心に目の前に灯る燭台の火を見つめた。

 

 大丈夫、ここには灯りがある。ローズマリーの時のように閉じ込められたわけではない。

 出られるチャンスは絶対にある。

 ローズマリーの時には助からないと諦めていたけれど。


「今はローズマリーじゃないでしょう?」


 あの、罪に問われ檻に閉じ込められた日々は過去の話。

 冷静になれ、私は私を強く叱咤する。

 そうしてようやく落ち着きを取り戻す。

 まだ身体は強張っているけれども、どうにか燭台を手に取り直して辺りを見回す。

 薄暗く狭い事に変わりはないけれど。

 一つだけ気になる音がする。

 僅かに唸るような音が聞こえてくる。初めこそ恐怖を増すだけの音だったけれど冷静になって考えれば聞き覚えがあった。

 実家の古い建て付けで風が吹き抜ける時の音に似ている。

 もしかしたら何処かに抜け道があるのかもしれない。

 王城には王族が何かあった時の非常用脱出経路がいくつか存在している。私自身は分からないけれど、もしかしたらという可能性は捨て切れない。

 音が鳴る方へ近づけば、段々に音の位置が分かり、微かに風の気配を感じた。

 音が鳴る壁を押すが反応は鈍い。

 何か仕掛けがあるかと辺りを燭台で照らす。

どうにか仕掛けを探していると、壁の向こうから微かに靴音が聞こえてきた。

 一瞬助けを呼ぼうと叫ぼうと思ったが思い留まる。

 タイミング良くこのような場所に訪れる者が助けてくれる?

 嫌な予感ほどよく当たる。

 近づいてくる声は男の声で、「この辺りか?」と言いながら壁の近くで何か動いている。

 私は急いで燭台の火を消し、壁近くにあった物陰に身を潜めた。

 壁の向こうから二人ほどの男の声で何かを探している。


「王妃のメモはあるか?」

「これだろう」


 王妃、という単語にどれだけ心臓が跳ね上がっただろう。

 口元から息を漏らさないよう口を押さえた。


 彼らは今、王妃と言った。

 つまり、彼らの協力者に王妃がいることが分かる。そして、何故このような隠し通路を知っているかも。


(王妃はここから逃げ出していたのね……!)


 レイナルドが反乱を起こした日、ティア妃の姿は無かった。王城の何処を探しても見つけられなかった王妃は隠し通路を使い城から抜け出していたのだろう。

 そして、不審者らしきこの者達を城内にいれるための手段として使おうとしている。


 壁がゆっくりと開く。

 どうやら仕掛けに気付き壁を動かし出した。


(どうにかここから逃げないと……)


 タイミング良く閉じ込められ。

 同じタイミングで訪れる者達の目的。


 多分、私だ。



 理由も分からないけれど、それだけは分かった私は。

 どうにか逃げ切るために身を潜めながら壁に目を向けた。


 僅かに開いた先に出口を見出し、全神経を集中させた。



レビュー頂きました!ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 誇りを、己を取り返せ!
[良い点] 話が動くなぁ 次が楽しみ [気になる点] ここでマリー死んだらある意味斬新よね 斬新すぎて話終わるけど
[一言] うわー。 やべーじゃん… アルベルト早く早く!
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