5.侍女ときどき婚約者候補
(想像以上だわ……)
何がって、王宮の腐敗具合が。
ガタガタの馬車で漸くディレシアス王国に到着後、兄に連れていかれ王都に足を運び、顔合わせやら住居やら紹介されてから幾日経ったけど、この数日で見える王城内の腐りっぷりは目に余る。
まず、かつて大恋愛をしていたグレイ王とティア王妃は不仲。
お互い愛人を囲っている腐れっぷり。
(王様は別にいいけど王妃様はどうなのよ)
堂々愛人を囲う状況を良しとしていることに愕然とした。
ローズマリーに「真実の愛をティアは与えてくれたんだ」とか言って振った口は何処にいった。
(それから内政も暗澹としてるし)
宰相を務める公爵家と大臣が集う侯爵家達との派閥争いが露骨だった。
やれ公爵家縁の娘を王太子の婚約者にと唱えれば、いやいや功績名高いどこぞの侯爵家の次女がリゼル王太子には相応しいとか何とか。
(何のリスクもない私が呼ばれるわけだ……)
立場としては王宮侍女ではあるけれど、実際のところは婚約者候補を集めているらしい城の中には、似たような令嬢がワラワラと集まっている。
露骨な婚約者紹介をすれば、派閥に刺激を与えるだけだと判断したらしい。
けれど静観するには王太子の年齢が適齢期を迎えてしまい、結果、現在のような状況を生み出しているのだろう。
各地から召集された子女達が溢れる王宮で、誰もが仕事も適当に、王太子にやれお茶を淹れる、王子にお食事を運びたい、お洋服のご準備をと争奪戦が日常茶飯事に行われてて恐ろしい。
私はといえば、そんな争いに関わりたくないメンバーと一緒につつがなく仕事をしていた。
「婚約者騒動さえなければ最高の職場なのにな〜」
私と一緒に書斎を掃除していたタジリア伯爵の四女、ニキ・タジリア令嬢のお喋りが始まった。
爵位としては彼女の方が上だけど、彼女も地方出身ということもあり意気投合し、こうして仕事の合間にお喋りするぐらい親しくなった。
彼女も婚約者候補を兼ねた侍女として呼び出された一人だけれども、故郷に内緒の恋人がいるらしく、婚約者騒動には参加せず私と一緒に侍女の仕事をしていた。
「王宮の侍女なんて待遇も良いし美味しい食事にもありつけるし。ドレスだって最新の物を見れるしお休みには観劇だってできるし」
「でも恋人がいないじゃない」
欲望に素直なニキの言葉に笑う。
彼女の恋人は故郷の隊士らしい。
「そうだけど!せっかくなら今のうちに沢山オシャレしたいじゃない。子供が生まれたらそんな暇も無くなるだろうし」
私より一つ年下のニキは十七歳になったばかりで、まだまだ遊びたい様子。それでも手を抜かずに仕事をする姿には好感が持てる。
「そういえば王子にはお会いした?」
ニキが窓を拭きながら聞いてきたので首を横に振る。
「初日に遠目から見かけて以来お会いしていないわ」
大勢の名ばかり侍女達の攻勢から身を守るためか、王子の姿を見かけることはない。
婚約狙いの息女達が息巻いて探す姿は、まるで獲物を狙う獣のようで末恐ろしい。
(リゼル王子が不憫だわ……)
実の両親は浮気三昧。婚約を迫る女性達。
女性嫌いになってもおかしくない。
ローズマリーの記憶を思い出した今、王宮に訪れることに抵抗はあった。
もし、ローズマリーを断罪した王に会ったら、王妃と会ったら自分はどうなってしまうのだろうという不安があった。
けれどそれは杞憂に終わった。
遠目から見かけた、生前の婚約者である王を見た時は、「あれがローズマリーの元婚約者か」ぐらいにしか思わなかった。
顔を見かけて、ああ老けたな。時間が経ったんだなと実感した程度で、恨みや恋慕といった感情は一切生まれなかった。
(ローズマリーは、婚約者の事を愛していなかったのね……)
もし愛していれば恨んだだろうし悔しかっただろう。
出会った時に予感した胸の痛みは全く無かった。
それどころか殺された恨みといったものすら無く、他人事として受け止められた。
ローズマリーはローズマリーであって、私はローズマリーじゃない。
妙にそんな答えに辿り着いて納得した。
それでも、なるべく距離をとりたいのは事実。
縁ある前世の私を弑した相手に好感を抱くほど愚かではない。
しかも悪政気味な王城内の様を見れば尚更。
ここはさっさと王子には婚約者を見つけてもらって、領地に帰りたい。
それまではとにかく目先の仕事に取り掛かろうと、私は机を磨く力を更に込めた。
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