13.君に問う
慰霊碑がかつて過ごした地に建つと分かった日から、私は心の中に眠るローズマリーに声を投げかける。
前世の自分に話しかけるなんておかしいことは重々承知しているけれども、話しかけられずにはいられないぐらい気持ちが揺らいでいた。
もし、今ローズマリーが生きていたらどんな風に思っていただろう。
我が事のように彼女を理解することもあった。考え方や彼女が望んでいたであろう記憶を私自身共有しあうように過ごしていた。
それでも、分からない事は多かった。いくら魂が引き継がれていようとも、私とローズマリーは別人なのだから。
その事を私の中で幾度となく意識してしまうのは。
「アルベルト様のせいよ……」
私は自室の窓から覗く夕焼けを見つめながら溜め息を吐いた。
突然プロポーズされ、改めて告白されて。仕事の合間に想いを告げられ、戸惑うものの私は何処か喜んでいた。
直向きなアルベルトからの好意に、確かに私の心は弾み、受け止めたい思いが生まれていることを自分でも分かっていた。
けれど同時に思う。
彼の想いは「マリー」ではなく、「ローズマリー」に向けられているのではないかと。
途端、私の喜びは消え去り、残されたのは悲しみと疑念。素直に想いを受け取れない私が生まれた。
そもそも私に好意を寄せるなんてあり得ないことだ。アルベルトは年も一回り以上離れた騎士団長で、ローズマリーに忠誠を誓っていた騎士だった。
私は騎士団の侍女にはなったものの、田舎町の男爵令嬢でしかない。更には今、アルベルトは子爵という爵位まで得た。今でこそ彼はローズマリーに相応しい人物となった。
私ではなく、ローズマリーに。
「ああ〜もう……」
自分が自分に、もしくは死者に嫉妬する虚しさよ。
そう。私はローズマリーに嫉妬している。
彼女の記憶が無ければ出会えなかったというのに、彼女の存在が妬ましい。
これでは私に嫉妬する王宮内の侍女と何ら変わりなど無い。
そう、変わり無いのだ。
レイナルドもアルベルトも、私がローズマリーの生まれ変わりだから傍にいるのであって、マリーだから一緒にいるのではない。
その事実はどうしようもない事で、覆すことも出来ない。それでも構わないと思っていた。何故ならローズマリーの記憶は私の記憶と同じものだったから。
ローズマリーであった記憶は確かに持っている、私がローズマリーであると言っても間違いはないというのに。
アルベルトが想う人はマリーではなくローズマリーなのだと思うと辛かった。
考えても仕方ないことだと分かっている。
私は何度目か分からない溜め息をもう一度吐いてから部屋を見回した。
明日の昼からユベール領のあった地にアルベルトと共に向かう。明後日にはローズマリーの墓碑に彼女の棺を納める式典が行われる。そのために出発の準備をしていた。
新たにマクレーン領となってから初めて行われる式典は、祝うものではなく故人を祀る儀のため祭り事にはしていない。関係者だけが集い彼女の眠りを見守り祈る儀式。
複雑な想いがあった。
誰一人として経験したことは無い感覚だろう。
私が、私の棺を見る日が来るなんて。
だからこそ問うことを止められない。
「ねえローズマリー。貴女は今どう感じているの?」
アルベルトに想いを告げられたことを。
自身の遺体が残され、幼い頃愛した土地で眠れることを。
生まれ変わった私が、貴女の慰霊碑に祈りを捧げることを。
「私は嬉しいよ。貴女の暮らしていた土地に行けるんだから」
ローズマリーが幼い頃から過ごしていたユベールでの記憶はいつも楽しそうだった。
辛い勉強や稽古もあった。父親からは冷たくされていた。それでも彼女は幸せだった。
大好きな弟と大切な幼馴染みと過ごしていたから。温かなユベールの地に慰められていたから。
記憶でしか見ていないユベールの景色を直接見れることは、私にとっても嬉しかった。
その喜びがローズマリーのものなのか、それとも私のものなのかも分からない。
彼女との意識が混同するような感覚は、ローズマリーの記憶を取り戻してから時々あった。どちらの想いなのか分からないことも時々だけれども起きたことがある。特にグレイ王を断罪する時、レイナルドやアルベルトの復讐を止める時。確かにあの時、私はローズマリーと同化していた。
けれど復讐を終えた今、以前のような意識の混同が曖昧だった。
自分でも分からない感覚を、人に伝えることも出来ず。
アルベルトの事を想う気持ちが、私なのかローズマリーなのかも分からず。
私はまた、答えの出ない問いをずっと投げかけていた。