12.悪役令嬢は悲劇の令嬢となる
「墓碑が完成したんですか?」
「ああ。ここにいらっしゃる宰相殿の力添えであっという間に完成した」
「姉様の眠られる場所なのだからね」
宰相室での食事会を始めて暫くしたある日のこと。
恒例になっているアルベルトとレイナルドとの食事会で、その話題が始まった。
レイナルドと二人で夕食をしている事を知ったアルベルトにより、以前のように三人で食事をすることになった。時々執務の忙しさによってアルベルトかレイナルドが抜けることもあるけれど、基本三人で食べることは変わらなかった。
以前のように兄の邸であればそこまで噂にもならなかったのだけれど、今は王宮内の宰相室。
噂は飛び交うように散ってしまい、最初の頃こそ不安があったけれど、不思議と私も慣れてしまった。
その話をエヴァ様にしたら「度胸がありますね」と笑われた。
相変わらず周りの視線は厳しさや好奇心に満ちているけれども、こういうものかと割り切ってしまえばあまり気にならなくなった。
レイナルドによる牽制のお陰もあるので害は無いからと気にしていない私は、エヴァ様の言う通り度胸があるのか、それともエディグマ家の人間は神経が据わっているのかもしれない。兄が良い例だ。
「私もようやく少し時間を頂けることになったので、領主らしい仕事が少しだけ出来そうです」
先日ようやく爵位授与の儀を終え、かつてユベールの領地だった地にアルベルトは視察に行っていた。
ローズマリーの死後、彼女の父であるユベール侯爵の失脚に加え一部領地を没収されていたユベール領は、国領に変わって以来長い間国の管理下に置かれていた。
今回爵位を得たアルベルトが与えられた地は名を新たにマクレーンと名づけられることになった。
アルベルトはとても萎縮していた。ディレシアス国ではその地を治める者の名が領地の名と変わるため、領地名が変わることは多かった。
レイナルドのように爵位を得たと同時に自身の姓を変えることもあるが、マクレーンの名を長く使っていたアルベルトとしては今更変えることも抵抗があったようで、悩んでいる間にさっさとマクレーンに決まっていた。
彼の家族であるマクレーン家は喜んでいたようで、当の本人だけが照れている様子だった。
アルベルトは、幼い頃自身が住んでいたユベールの地に自分の名が使われることに抵抗があるようだった。
アルベルトが与えられた領土には、ローズマリーやレイナルドが暮らしていた屋敷が含まれていた。今は国の施設となっているが、爵位授与と共にアルベルトの屋敷に変わることとなる。
けれどもアルベルトの本職は騎士団長で、領地経営など全くの経験が無いため、レイナルドの助言により今までその地を管理していた国の役人をそのままマクレーンの領地で雇うことにしていた。
アルベルト以上にその地を見守っていたらしいレイナルドの方が、かつての故郷をよく把握しているようで、一体誰が領主なのだろうと思わなくもない。
それでも、何もかも初心者であるアルベルトに全て一任するよりもずっと安心出来ることもあり、現在は名ばかり領主のアルベルトだと揶揄われている。
「ローズ領にある墓碑から姉様の棺を移動させることになるため、時期を合わせて私も休みを頂いた。マリーも式典の際には同席してくれるかな」
「よろしいのでしょうか」
私はアルベルトに確認のため顔を向けると、笑顔で頷かれた。
私が謁見の間でグレイ王に伝えた復讐を、グレイ王に代わりリゼル王が全て執りなしてくれた。
彼の戴冠式を終えてすぐ、悪の令嬢として知られていたローズマリー・ユベールの冤罪に関して告示された。
その時は新聞に大きく取り上げられ、悪女から
一転、悲劇の令嬢として民から同情を得ていたけれども。それから暫くして風化し、今では特に噂に聞くことはない。
けれども長い歴史の中で悪女とされていたローズマリーが、今では悲劇の女性とされている。
私自身はその事に対して良かったな、という感覚しか無いけれども。
レイナルドとアルベルトはその事に多くを語らなかった。
長い年月に渡り抱えた復讐や、ローズマリーへの思いは私には計り知れない。いくら無実が証明されたとしても、彼等が抱えてきた二十年に亘る日々は戻らないのだから。
その事に今の私は、何も口を出すことなど出来ない。
「五日後に行われる予定だから、明後日には一度私はローズ領に戻り姉様の棺と共にマクレーン領に向かうよ。式典前日の昼から君達は移動してもらって、五日後の朝から行うという流れかな」
「そうですね。マリー、仕事を休んで頂くよう調整して下さい。前日の昼から一緒に行こう」
「分かりました」
食事を終えた食後のお茶を飲みながら私は頷いた。
食器を片す侍女がアルベルトとレイナルドの前にあった食器を片付けた後、私の食器を片付けに来た。
ふと、何かの気配に気付き顔を見上げた。
私にしか見えないような立ち位置で侍女が私を睨んでいた。
彼女に見覚えのあった私は納得したため、目が合っていた視線を元に戻してお茶を飲み干した。
彼女はリエラ。王宮侍女ではあるけれど、以前は人手不足だった騎士団の侍女として一時働いていたらしい。
彼女からは外ですれ違う時にもこうして刺さるような視線を送られることがあった。
分かりやすい嫉妬の類。悲しい事に私は、こうした感情を投げつけられることに慣れてしまっていた。
なるべくリエラと目が合わないようにしていれば、彼女も投げつけていた感情は消えて侍女として仕事を全うし、退室していった。
仕事自体に粗が出ていないだけ有難い。
「マリー、どうした?」
アルベルトが私の様子の異変に気付いて声をかけてくれたけれど。
「いえ。別に何も」
私ははぐらかした。
その流れを静観して眺めていたレイナルドが溜息を一つ。
「アルベルトは本当に疎いんだな」
どうやらレイナルドはリエラの感情を察していたらしい。呆れた様子でアルベルトを見た。
ただ一人理解が追いついていないアルベルトが、眉をしかめつつもどういうことか分からずにいるので、私は笑って誤魔化した。
ローズマリーが故郷に戻る日まであと五日。
私は、かつて彼女が過ごした故郷に訪れることに緊張と喜びと、漠然とした不安を抱きながら過ごしていたため。
その日投げつけられた侍女の視線の事を忘れてしまっていた事を、後悔することになる。
感想、ブクマ、評価ありがとうございます!
中々難航しておりますが、もうしばらくお付き合いのほどよろしくお願いします…
あと、時々本編と関係なくSSをTwitterに上げようかなと思いますので興味あればどうぞ!
→@akako_760