7.騎士団侍女の初日
日勤を終えたアルベルトと共に、少し冷えるが夜空が見える外に出て話しましょうと声をかけられ、ストールを体に巻き付けながら外に出た。
帰ってきたばかりのアルベルトを気遣ったものの、真っ先に話がしたいと伝えられれば反対できるはずもなく。
町の明かりによって、エディグマよりも星が見えづらい王都の空の下、私はアルベルトに誘われるまま小さな庭に出る。
「フィールから話を聞きました……承諾頂きありがとう」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
中々に合わない視線がもどかしい。どちらも緊張を隠せずに余所余所しくなってしまう。
「それと」
アルベルトが見上げ、私をようやく見た。
頬は寒さ以外の理由もあって赤い。
「昨日の夜お伝えしたことですが」
私は思い出し、思わず恥ずかしさから俯いた。突然の求婚に何を返せばよいのか分からなかった。
「あ、あの、気遣って下さってありがとうございます。私の婚期について考えて下さったみたいなのですが。その、こういったことは性急に決めても後悔しちゃうし」
緊張で早口になってしまう。
何度も会った時にどう返そうか考えていたというのに、うまく言葉がまとまらない。
「その、心配して下さったのは嬉しいのですが」
「心配で言ったわけではありません」
ひどく真剣で重い一言に俯いていた顔を上げた。
月明かりが眩しい中で、一直線に私を見つめてくるアルベルトの瞳に捕らえらえて身動きが取れなくなった。
まるで時が遅くなったように、彼の唇が開き言葉を紡ぐ姿を眺めていた。
「私は貴女をお慕いしているから、本心を伝えたまでです」
正真正銘の。
告白をされた。
二夜に続く衝撃的な夜だった。
朝。
邸を早めに出て訪れる騎士団の控え室。
以前使用して覚えていた控えの部屋で身支度を整える。前に使用していた侍女としてのエプロンは棚に入ったままだったため、そのまま身に付けた。
後ろ手に紐を纏めてから長い後ろ髪を一つに束ね、更には丸めて団子状にする。
支度が終えてから姿見で一度全身をくまなく確認。前髪を少し整えて、もう一度眺めて確認。問題無し。
しばらく顔を眺めていたけれど、ニコリと微笑んでみる。問題無し。
トクトクと騒がしい心臓を落ち着かせるために深呼吸してから部屋を出た。
今日から騎士団侍女としての仕事が始まる。
「マリーじゃないか!」
「おかえり。ずっと待ってたんだよ」
「ニキも居なくなって華が無くなってたんだよ〜寂しかったぞ!」
騎士団員に会う度に声をかけられ、私は覚えている限りの名前で相手を呼んでは話題に花を咲かせる。
「今日からまたよろしくお願いします」
「戴冠式に出席してたから驚いた。すごく綺麗だったよ」
「ありがとうございます。皆さんもお仕事お疲れ様でした」
「だろ? 食事を眺めるだけの仕事はきついよ」
あっという間に長身達に囲まれてしまった。
騎士団の団員は総じて身長が高く体型も良いため、まるで自分が子供になったように思える。
「いや〜これでやっと団長も機嫌が良くなるな!」
「おい、お前」
一人がアルベルトの名を出した途端に空気が変わった。
「エディグマ嬢が居なくなってから団長寂しそうだし、最近も落ち着きが」
「こいつを黙らせろ!」
お喋りを続ける団員を囲って口を塞がれる光景を私は呆然と眺めていた。
アルベルトの様子について聞かされても実感が湧かないけれども。
先日から繰り広げられた思い出が蘇り顔がいっきに赤くなった。
「あれ?」
私の様子を見ていた騎士団の方達が一斉に動きを止めて私を見た。これ以上見られたく無くて顔を掌で隠した。
「もしかして」
「団長ちゃんと言ったのか!」
「やった!」
え? と思う間に辺りが騒ぎ出す。
何が起きたか分からないでいる内に、後ろからエヴァ様がやってきた。
「お前らさっさと任務につかないと査定に響かせるぞ〜」
穏やかな声色で恐ろしい発言をする団長補佐の言葉に、一瞬で鎮まると共に全員が敬礼した後、仕事に向かい走り出した。一目散に消えていった。
まだ顔の熱が収まらない私の隣に立って団員達が去る姿を眺めていたエヴァ様が、私を見下ろして微笑んだ。相変わらず愛嬌ある人の良い笑顔だ。
彼は何処まで何を知っているのだろうか。考えると怖くなる。
「今日からよろしくお願いしますね。エディグマ嬢」
「あ、はい……よろしく……お願いします……」
「本当なら今日は非番の団長が何故か知りませんが仕事に来ているので、良ければ挨拶していって下さい。仕事の内容に関しては以前と同じですから。他の侍女も数名はいますので昼休憩の時にでも挨拶しましょうか」
スラスラと述べるエヴァ様に誘導されるがまま、騎士団の執務室に向かわされる。
全ての物事が、まるで彼の思いのままになっているような気持ちになる。
ここでようやく私はレイナルドが言っていた事を理解した気がする。
哀れな上司を助ける優秀な部下。
レイナルドとは違った手腕の持ち主かもしれない。
執務室の扉をノックすると、中から入室の許可を促す声。
昨夜聞いた告白と同じ声質。
胸が忙しなく動悸する状態を冷静に受け止めながら扉を開ける。
中にはアルベルトが一人、窓辺近くで立っていた。視線を私に向けて。
普段無愛想な彼が、ほんのりと微笑んだ。
「おはよう。今日からよろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします……」
昨夜も同じような挨拶をしたけれども、今は場所も違う。
上司らしく振る舞うアルベルトに深く頭を下げる。
アルベルトは私に近づき、右手を差し出してきた。
「……?」
出されたままに私も右手を返し、握手をする。
てっきり「よろしく」という意味で出されたと思っていた右手が私の手を握り締めた後。
ほんの僅かばかりに掌に口を押し当ててきた。
「職務中とはいえ、貴女を慕うことを許して欲しい」
目尻に皺をつけて微笑むアルベルトの笑顔の輝きが眩しくて。
「団長、あんまり職権乱用しないで下さいよ。職場が乱れますんで」
私はエヴァ様が居たことも忘れ、手を握られたまま硬直していた。