5.とある騎士団長補佐との反省会
騎士団長補佐のフィール・エヴァは平民出の騎士であり、愛妻家であり、娘大好きな父親でもある。
今日は任務が夜勤のために家族には翌日の昼には帰ると伝え、騎士団寮で任務が始まるまでは仮眠でもしようかと寮に向かう最中だった。
その日は戴冠式後の舞踏会が行われ、団長や副団長が任務を行っている。夜から交代でフィールが入る予定だが、時刻はまだだった。
にもかかわらず、寮に向かって突進する勢いで走ってくる尊敬する若き団長の姿に、フィールは首を傾げた。
「団長? どうしました?」
普段は冷静に事を進める騎士団長であるアルベルトは、フィールより十以上年が下だというのに大変仕事が出来る。しかし今の彼からは微塵にもその冷静さが感じられない。
疾走馬のような勢いで走る彼の顔が驚く程赤かった。
「あれ、飲みました? 任務中ですよぉ」
酒を飲むとすぐに赤くなるアルベルトを揶揄うつもりで言ったフィールだったが、何故か両肩を掴まれた。
「やってしまった……!」
激しい悔恨の声と共に団長が沈んできた。重い。
任務開始まであと二時間。フィールは団長に付き合うことにした。
「は? プロポーズしたんですか?」
騎士団寮の一室に鍵をかけて事の顛末を聞いたエヴァの言葉に、顔を未だ赤らめたままのアルベルトは視線を逸せながらも小さく頷いた。耳まで赤い。
「言うつもりは無かったし、あんな場で俺は何を言っているんだ……」
普段は自身の事を「私」と呼ぶ彼が、地が出て「俺」と言っているあたりから混乱が凄まじいことが窺えた。
フィールにはプロポーズをした相手が聞かなくても分かった。
マリー・エディグマ、かつて騎士団の侍女として働いていた男爵令嬢だ。
昨今行われたリゼル王太子の婚約者選びにより呼ばれた女性の一人だったが、王子に興味を持たず何を思ったか突然騎士団の侍女として働き出した。
一緒にやってきたニキという令嬢とフィールは気が合いおしゃべりをしたところ、どうやらマリー嬢がアルベルトに好意を寄せていると聞いていた。
しかし、実際に彼女を見ているとそんな様子はあまり感じられなかった。
確かにマリーはアルベルトに何かしら情を持っているとは感じたが、それが恋慕というようなモノには思えなかった。
むしろ、アルベルトの方が真面目に働くマリーに好感を持っていたようにも見える。
それから突然、アルベルトの感情が大きくブレることになる。
まずリゼル王子がよくマリーに声を掛けに来ていたらしい。これはあくまで騎士団内の噂であるため信憑性は薄い。が、その頃になってアルベルトの様子が変わった。
以前以上にマリーに強い執着を見せ出したのだ。
一見すると仲の良い主従関係にも見えるだろうが、アルベルトと付き合いの長いフィールには分かった。
アルベルト団長がマリー嬢に恋をしているではないか!
この話題は、今でも騎士団内で持ちきりのネタである。
それから暫くして、何があったのかマリーがローズ領の侍女として働きに出てしまい、その頃のアルベルトの落ち込みようはフィールでなくても一目瞭然だった。
ただ、その頃は更に国政も揺れに揺れていた上、団長はローズ領主と反乱に加担する事が分かっていたため、そのせいで心情も荒れているのだろうと一部の騎士は思う。
ちなみにフィールもアルベルトに協力しグレイ王の失脚に加担していた。
自身の愛する娘や妻が生きていく未来は明るくあるべきだと、相談された際に喜んで協力の姿勢を見せた。
お陰で今、新王が立ち更には騎士団長も爵位を預かる身となった。
喜ばしい世の中になったのだ。だったら更に団長には幸せになって貰わなければ。
それにしても。
「団長。本っ当に恋愛事には疎いですね……」
「…………」
返事は無かった。
「モテる癖に女性のあしらいは下手だし、遊び相手に選ばれただろうなんて勘違いしてたら相手が本気になってることもザラだし」
アルベルトが若く騎士団員である頃から知っているフィールは、彼が若い頃から生真面目に生きている姿を知っている。
成人して大人となってからは、言い寄ってくる女性の数も増えた。その都度、対応している彼を見てきているがはっきり言ってあしらいが下手だった。
勘違いした女性が家に押しかけたこともあるし、一夜のオトモダチと思ってお付き合いしたつもりが女主人気取りの女性もいた。
そんな痛い思いをしたこともあり、ここ最近は全く女性の気配も無い彼が青天の霹靂とばかりに恋していたことは、騎士団内の団員達には驚かれていた。勿論フィールが誰よりも驚いている。
「まさか告白すっ飛ばしてプロポーズですか」
「俺は時間を巻き戻したい……」
段々この美丈夫な上司が哀れになってきた。
「分かりました! 団長、俺に任せておいてください!」
「は?」
「団長の悪いようにはしませんから! 俺も団長には結婚して貰いたいって思ってましたからね!」
意気揚々と宣言する部下の姿にアルベルトはようやく自身の行った行為に気がついた。気が動転しすぎて相談する相手を間違えたのでは無いだろうか。
しかし、仮にも大恋愛の末に結婚したらしいフィールの愛妻家ぶりを知っているアルベルトとしては相談するにも彼ぐらいしか知らない。
何より、先ほど行った自身の愚行以上に悪い事態など起きるはずなどない。
アルベルトは重々しく息を吐いた。
思い出すマリーの姿はいつまでも目に焼き付いている。
美しく着飾った夜の妖精のような美しさを放つ女性。ローズマリーの生まれ変わりであり、ただ一人アルベルトが忠誠を誓いたい女性。
彼女の口から別の男性との結婚話が出ただけで嫉妬に駆られ、あのような発言をしてしまった。
これだけ自分の感情が抑えつけられない事など、アルベルトは知らない。
染まる頬の赤みは落ち着かず、その日は任務が終わろうとも彼の感情が落ち着く事は無かった。