42.(リゼル王子視点)王子の初恋は実らない
初めての恋に浮かれ。
初めての嫉妬で自身の新たな一面を知り。
そして初めて失恋をする。
リゼルは多忙すぎる日常の中に埋もれることで、心に空いた穴を埋めようと思っていた。
急遽、戴冠することになった王としての準備は恐ろしいほどに忙しい。
休む間もなく仕事が溢れてくる。ろくに組織体制が出来ていない中、それでもレイナルドや諸侯達の手を借りて何とかギリギリに保っている状態だった。
徹夜を当たり前とするような日常であっても、レイナルドが夜には帰宅する姿を見かけると、忘れていた恋心が痛む。
未だリゼルの胸を占める想い人の姿は鮮やかに蘇る。
知り合ってまだ浅いが、多くの時間を共に過ごさなくても分かるマリーの良さを、リゼルは鮮明に思い出せた。
そして、何故リゼルが彼女に王妃としての素質を見出したのかも。
父を断罪したあの日。
復讐に燃えていたアルベルトとレイナルドの怒りを鎮めた彼女。
亡きローズマリーにしか知り得ないであろう彼女の意志。
その意味するところを、リゼルは気付いてしまった。
そして同時に自分の恋が叶わない事も。
(あれほど王太子の婚約者を嫌がるのも無理はない)
もしリゼルが考える彼女の正体が真実だとすれば、リゼルの想いが迷惑以外に感じられないだろうことも。
レイナルドを弟と呼び、アルベルトを騎士と呼ぶ女性を知っている。
彼らの心に刻まれる一人の女性を知っている。
その女性とマリーが同一人物であるとしたら。
(僕はかつて彼女を死に追いやった者の子供だ)
リゼルは、必ず持ち歩いていたマリーの手紙を胸元から取り出した。
何度も読み返し記憶した手紙。
マリーがローズ領に侍女として離れた時からリゼルは手紙を送り続けた。
(迷惑だっただろうに、それでも返事を書いてくれていた)
送られてくる手紙には、一文たりともリゼルの好意を迷惑だと書かれたことは無かった。ただ、王妃という立場にはなれないという意志だけは伝え続けられていた。
その理由をリゼルは立場に萎縮しているのだと考えていたがそうではなかった。萎縮以上に嫌悪する立場だったのだろう。
当然だと思う。リゼル自身とて、王になりたくてなるわけではない。リゼルが幼い頃は剣を掲げる騎士の方が格好良いと憧れていた。
(僕が王子という立場で出会っていなかったら、変わっていたのかな)
あり得ない想像をしては、自嘲するように笑った。
産まれた時から決められた立場は誇りでもあり、義務でもあったリゼルにとって、王族以外になる考えなど持ち合わせていない。
もしこの立場が潰える時は、父と同様で民に必要とされなくなった時、必然的に失くすものだと考えている。
つまり、考えるだけ無駄だというのに。
(それでも考えてしまう。貴女との未来がもしあったのであれば)
身分も過去も何もかも関係なく。
ただのリゼルとマリーとして出会っていたのであればどうだったのか。
何故なら、リゼルは王子だからマリーを好きになったのではない。
そして、ローズマリーに恋したのではない。
ただ一人。マリーが好きだったから。
マリーに一目惚れし、彼女の言葉一つ一つが胸に刻まれ。
言葉も笑顔も、そこまで知っているわけではない。
それでも彼女の強い魂に惹かれたということは、それはローズマリーという存在にも恋したことと同義なのかもしれないが。
リゼルはずっとマリーという一人の女性を愛しいと思うだけで、ローズマリーだから好きになったのではない。
「貴方達はどうなのだろうな」
思い浮かべる恋敵の姿は、リゼルが尊敬する二人だった。
長きに亘り復讐を叶えたいと思う感情は、あまりに長く風化することさえあるというのに、彼らのローズマリーへの想いは強い。
その感情が家族愛だけなのか、はたまた忠誠心からなのかはリゼルには分からない。
ただ一つ、マリーへ恋した一人の男として問えるのであれば、マリーとローズマリーのどちらに想いを寄せているのかを問うだろう。
リゼルは暫く眼を強く閉じた。
マリーの事を考えることは、今日で最後としよう。
ほんのひと時、激務の合間の僅かな休憩時間を使って想いを断ち切るには厳しいが。
リゼルにはやるべき事が山のようにあるのだ。
執務室の机に重ねられた書類は数えきれない。
更には逃亡したであろう母、ティア妃の行方も分からない。
リゼルの初恋は実らなかったけれども。
今まで生きてきた中で、これほどまでに身を焦がすような感情に触れたことが無かったリゼルに後悔は無かった。
彼女という存在を知り恋を知った。同時に叶わない想いがある事を知った。
それもまた、生きていく上での経験としてリゼルに刻まれ糧となる。
「有り難うマリー。貴女と出会えたことを光栄に思う」
誰も居ない執務室の窓から外を眺める。
この広い国の何処かに民として居る想い人の平和を願う。
その願いを叶えるのは紛れもなくリゼル自身である。
失恋した相手に何か返せるとするならば、国を良い方向に導き、少しでも彼女の生きる道が穏やかとなることだろう。
自身にしか果たせないであろう立場に少し思い入れが強まった。
執務室の扉をノックする音が響き、リゼルは扉を見て入室の許可を告げる。
中から数人の公爵達が書類を持って訪れ、広間に来て欲しいと告げられる。
休憩時間は終わりだ。
リゼルは国を統べる者として、訪問者と共に執務室を後にした。




