表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/114

40.(グレイ王視点)忘却の果てに見た婚約者


 どうしてだろう。

 何がいけなかった。

 何処から間違えた。

 否、そもそも何を間違えているのだろうか。


 グレイの両手首は縄に縛られている。

 肩口に負った傷は治療を受けた。傷口を縫い化膿止めを飲むという最低限の治療ではあったが。

 その状態で馬車で移動するのだから揺れる度に傷が痛むが、声をあげて文句を言うことも出来ない立場にまで堕ちた。

 表向きこそ、蟄居という形を言い渡されているが、処遇は重罪人である。グレイを挟むように座る騎士の腰には剣がある。逃げようとなどと思っても無駄なことだ。

 そもそも何処に逃げるというのだ。

 グレイが頼りにしていた者達は全て捕らえられている。

 助けを呼ぶにも呼ぶ相手すらいない。

 ふと、もし彼らが逃げ延びていたとしてグレイを助けになど来るのだろうか。

 突然思い立った考えに、グレイは俯きながら声無く笑った。


 分からなかったのだ。


 終始疑問に答えてくれていた諸侯は側にいない。

 で、あれば自身で考えようと思ったが何一つ浮かばない。

 なるほど人形とはこういうことか。

 リゼルがあの日グレイに向けた言葉の真意はこういうことだったのか。


 馬車の窓は閉じられており何処を進んでいるかも分からない。

 離宮とされている白の塔は王都から随分離れた森林の檻に囲まれているという。

 ぬるま湯で生きてきた王族には逃げ切れる術など無い場所だ。


 グラグラと揺れる馬車に乗りながら、誰一人グレイに声をかけることはない。

 王宮では一人で物思いにふけることが無かったグレイにとって、この時間は妙に穏やかに思えた。

 考えれば、何かあれば常に誰か側にいた。侍女も、臣下も、衛兵も。

 誰もがグレイを中心に動いていたが、実際のところは人形を管理していたようなものだった。

 家族と呼ばれる者は側におらず、ティアの行いに怒っていたぐらいしか覚えていない。

 何年も過ごしてきた王宮だというのに、グレイには驚くほど王宮での記憶で思い出というものが無い。


 思い出すのは、何故かローズマリーが王宮にやってきてからのことだった。



『今日からこちらで過ごすことになりました』

 華麗なカーテシーの元、挨拶に来た婚約者。


『王子。よろしければ一緒に図書室へ参りませんか? 読書の時間は必要ですよ』

 お薦めの本を教えてくれたローズマリー。


『グレイ王子。どうか教師の元にお戻り下さい。王子にとって大切な授業です』

 諫めるローズマリーに、何と返しただろう。

 大体がしつこいと、煩わしいとそっけない態度だっただろう。


 ああ、でも一度だけ。

 たった一度だけではあったが、ローズマリーと二人で出掛けたことがあった。

 父である前国王に、たまには婚約者同士で過ごすべきだと、王家の墓参りに共に行ったことがあった。

 そもそも墓参りも最近は全く行くことも無く、それこそ父が亡くなって以来足を運んでいない。


 城から少し離れた野原の広がる土地に白い墓碑が点々と立っていた。

 空は青く風も心地良いと思った。

 軽装ながらも故人を偲んで黒色のドレスを身に纏ったローズマリーは、静粛な姿であった。同じく侍女に用意された喪服に近い服に着替えたグレイの銀色に輝く髪色と、黄金色に輝くローズマリーの髪だけが鮮やかに彩りを見せていた。

 ローズマリーが手に持つ花束を亡き母や祖父母、ひいては先祖に向けて供える。

 手を重ね祈りを捧げるローズマリーは、いつものように口煩くもなく静かに故人と対面していた。

 グレイは、その様子をずっと眺めていた。

 いつかは二人、この墓碑の何処かに眠ることになるのだろうかなんて、ぼんやりと考えていた。

 無意識に眺めていたグレイの視線に気付き、祈りを捧げていたローズマリーがグレイを見上げ、目が合った。

 不意に重なった視線に少しばかり気まずさを感じたが、ローズマリーは黙ってグレイに微笑んでくれた。


『何を祈っていた?』


 何か喋らなくてはと、適当に思いついた事を口にした。

 祈っていたのだから故人へ向けて言葉でも交わしていたのだろうと、見れば分かるだろう。

 しかし、ローズマリーとの会話に慣れないグレイは当たり前の事を聞いてしまう。

 だが、ローズマリーはグレイが思ってもいなかった回答をした。


『グレイ様の事をどうか御守りくださいと、お願いしておりました』


 広い野原に咲く野バラのような華を持つローズマリーは。

 どの貴族の女達よりも地味だと思っていたが。

 この時見た彼女はどの花達よりも綺麗なものだと思っていた。




(どうして忘れていたのだろうな……)


 自身の事よりも他人を慮るかつての婚約者が、他人を殺すような考えなど持たないとグレイは分かっていたはずなのに。

 いつの間に忘却してしまったのだろう。


 ローズマリーを亡くして二十年が経つ。

 もはや彼女の面影も忘れてしまったグレイだったが。


(ああ、そういえば)


 目を閉じて思い出してみれば。

 自分を断罪したあの男爵令嬢は。


 ローズマリーに似ていたかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ど阿呆、今さら遅いわ!
[良い点] ローズマリーの純粋な願いの部分。 [気になる点] グレイの父はまともな為政者だったのかが気になりました。 死ぬ前にグレイが人形さんにならないように大人の味方を用意できなかったのか [一言]…
[一言] 今になって後悔してもねぇ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ