39.転生した悪役令嬢は罰を与える
復讐を望まないという思いは偽りではなかった。
勿論、ローズマリーの記憶を思い出した時には、騙されたことが悔しかったし、命を奪うほどの事では無かったのにと嘆いてもいたけれど。
遺恨に身を焦がすことが、目の前にある家族との温もりに勝らなかっただけだった。
私が生まれ変わった事で、ローズマリーの願っていた家族を手に入れられた。
過去の恨みというものは風化していたのだけれども。
もし罰を与えるなら、私はどうするのかなと思ったこともあった。
まさかそれが、実現するとは思いもしなかったけれども。
「グレイ・ディレシアス王よ。長きに亘る税の横流し、悪政により民を蔑ろにした罪は王室典範に反する行いとなる。反する条例については省略するが、その罪は命よりも重い。幾万のディレシアスの民及び各領主の名の下にレイナルド・ローズが裁決を下す許可を得ている」
言葉を連ねると共に、付近に居た騎士が懐に仕舞っていたであろう書状を前に出した。長文に渡る長い書状には王の罪状がつらつらと書かれ、一番下には多くの署名が記載されていた。
王は脂汗を垂らし、眼光を開いたままに書面を見つめ、己が本当に罰せられることを知らされる。
肩口から流れる血はだいぶ減ったものの致命傷に近い傷の痛みで息も荒い。
「私はお前に姉様と同様、絞首刑にしたいと思っていた」
氷のように冷え切った瞳で王を侮蔑する。
「だが、この度のお前への罰については、マリー・エディグマ男爵令嬢に一任する。その恩恵に心から感謝すると共に耳を傾けるがいい」
突然名前を呼ばれて私は体を大きく揺らしてしまった。
こうした裁判のような場面に関しては、ローズマリーであっても体験がない。精々ローズマリーが裁かれる時に行われた裁判ぐらいで、裁く側なんて初めてだった。
急に名も知らぬ男爵令嬢に任されたことには、王だけではなく近くに居た騎士も驚いていたけれど、私は何とか動揺を押し殺し、軽く咳をしてから前に進んだ。
先ほど大泣きしたために目は真っ赤で威厳さは欠片もないけれど。
私は何とか表情を固くし、王を見据えた。
「グレイ・ディレシアス王。貴方に罰を言い渡します。まず、この度の責任を負って退位し、リゼル王太子に王位を渡して下さい。また、一連の反乱における謝罪を国民に対し発表してください」
ここまでは反乱における結果だろう。レイナルドはここに加えて極刑を望んでいたけれども、私は敢えてその事は言わない。
「更に、二十年前に起きたローズマリー・ユベール侯爵令嬢の罪について誤りであったことを認め、故ローズマリー・ユベール侯爵令嬢の罪人としての汚名を消してください。彼女に正しい墓碑を与え、ユベール領の地で眠らせて下さい」
「何……を……」
未だにローズマリーを信じられないグレイ王を見ていると、私はとても彼が哀れに思えてしまった。
何故なら、彼以外の当時の諸侯ほとんどが、ローズマリーが無実であると知っていたからだ。
真実を知らされずに惑わされるまま生きてきた王の姿は、とても物悲しい。
「グレイ王。かつてのローズマリーは貴方にいつも口煩くして参りました。それは、このような結果となることを危惧していたからです。国は王の物ではない。民の物であり、王はそれを預かるにすぎません」
「何故、お前がローズマリーの言葉を……」
「グレイ王。悲しいけれど、貴方に真実を述べていたのは、ローズマリーだけでした」
ローズマリーが知る限り、グレイ王子の周りには、彼が喜ぶ世辞を述べる者ばかりが集まっていた。
口だけ良いことを言い王子を言いくるめることが多い光景を見ては、ローズマリーは注意していた。今私が言ったような事を何度も告げた。
それすらもグレイ王子には不快に思われていたけれども、誰かが王子を救わなければ彼の未来は暗雲とすることは目に見えていた。
ローズマリーの言葉に耳を傾けてくれないのであれば、彼が愛したティアにそれを託したかったのだけれども、ティアすらも結局グレイ王子を騙す側だった。
私はローズマリーが抱えていた一握りのグレイ王子への情を吐き出した後、改めて彼を見下ろした。
「全ての事を終えた後、貴方には白の塔に蟄居頂きます」
白の塔とは、王族の中でも問題ある者を隔離するために造られた、言わば王族のための牢だ。
療養のための保養場所とされていたりもするが、同時に都合の悪い王族を隠蔽するために使われる施設でもあった。
そして、その情報を知る者は、王族や一部の貴族のみであった。
「何故お前のような男爵令嬢が白の塔を……」
「生涯蟄居としますが、もし望むのであればリゼル王子。貴方のみ面会を許します」
リゼル王子は、不意に呼ばれた名前とその言葉の意味を一度噛みしめた後、少し苦しそうな、それでいて穏やかに笑みを浮かべた。
「感謝する。マリー嬢」
「リゼル! お前も此奴らと共謀したのか! 父を陥れるなど」
「いいえ、リゼル王子は」
言い返そうとしたが、リゼルに止められた。
「構いません。このような事態になるとは思いませんでしたが、いずれ行うべきだと思っておりました。その時期が早まっただけのことです」
王子の顔はとても穏やかに父親を見つめていた。
私には、今までリゼル王子とグレイ王がどのような親子関係だったのか分からない。
彼は彼なりに考えることが多いということしか分からない。
ならば口出しする方が無粋。
「くそっ! 私は何もやっていない! 全ての責任は宰相らにある!」
「そうですね父上。貴方は本当に、何もしてこなかった」
リゼル王子が近付き、王の真正面に立つと視線を合わせるよう屈む。
こうして並べば瓜二つだ。
瞳の色は王族にしか無いサファイア、顔立ちも面影があるというのに。
どうして王はリゼル王子に対して実子ではないという疑いをかけられたのだろう。
「何も行わないことこそが罪なのですよ、父上。何もしないのであれば人形にでも王は出来る。貴方は人形と同じ働きしかしていなかった」
「侮辱するのか!」
「真実を述べています。王として学ぶべき事は生涯を通しても尽きないほどにあります。それを学ばずして王になれる筈がないのですよ」
「そんなもの、諸侯達に任せれば……」
「その考えが身を滅ぼしたと、何故分からないのです……いい加減目を覚まして下さい!」
普段穏やかな姿しか見ていなかったリゼル王子が激昂する姿を私は初めて見た。
これではどちらが父親なのか分からない。
「人に責任を押し付けるなど、子供でもやってはならないと教わっているというのに貴方は何を学んできたのですか! 貴方の穿った考え一つで命が途絶えてしまう、民が困窮するという真実にも目を背けている限り、貴方に王たる資格は無い!……無いのですよ、父上……」
「リゼル……」
「もっと早くこうして伝えていれば良かったと後悔しております。貴方に嫌われたくないと思い、何も口出しできなかった私にも罪はあります。貴方の息子として、貴方の罪をも背負いましょう」
叱られた父親が、子供を真っ直ぐ見ている。
何となくだけれども。
ようやくこの親子が対面出来たのかなと。
私はこの長い復讐の果てに見えた家族の絆に。
ほんの少しだけ喜びを感じた。