36.(レイナルド視点)悪役公爵の復讐劇が幕開ける
謁見の間では、普段であればろくな政策を語らない会議をしていたであろう宰相と王に加え、彼らの派閥であった数名の諸侯は、意気消沈とした様子のまま縄で拘束されていた。
レイナルドは穏やかに、業務を進める如く淡々と言葉を紡ぐ。
「ドズル子爵、ガスティア公爵、アークベルト宰相」
ミゼル男爵、フランツ子爵、ゴーン子爵。
淡々と名を呼ぶ。
次いで背後からついてくるオクスフォード伯が、レイナルドが呼んだ者の罪状を伝え、更に本来であれば裁判を行い決定される刑をその場で伝えた。
ドズル子爵は禁固刑。爵位剥奪。爵位は縁戚であるリフィア子爵に譲渡とする。
ガスティア公爵は爵位剥奪、国外追放。
刑罰や処遇を言い渡される者達から非難や悲鳴が聞こえるが、誰一人としてその声を聞く者はいない。
そして書記官が手に持つ書状と相違が無いか確認し、名を呼ばれた者達を騎士や共謀者の私兵が連れて行く。引き摺り連れて行かれる。
嫌だと泣き叫ぼうと暴れようと無理やり押さえ込み王城の牢に禁固され、後に順を追って刑を執行する約束を計画に賛同した諸侯と取り決めていた。
処罰される者達の私財はほとんどが没収され爵位は剥奪されるものの、国が大きく乱れることを恐れ、その先も想定した上で刑は全て決め終えていた。
余計な混乱を招く前に事を全て終わらせ、反する意見を寄せ付けないよう決定を進めるためにこうして捕縛と共に罪状、刑罰を明らかにさせた。
今後の政策を考慮し書面上に認め、迅速すぎる裁判に反対や批判の声が上がるのであれば、書面の日付を書き換え言いくるめられれば良いだけの形にしておいた。
今後捕まった者達の血族が声をあげることも分かっている。そして、それを抑止する方法も既に計画に含んでいる。
推測される最悪の事態は諸侯と話し合いを行い、爵位剥奪されることにより被害を被る親族等も調べてはおいた。
レイナルドとしては横領したような金で生きる一族の末路まで考えるのも面倒ではあったが、反乱の首謀者である以上放っておくことも出来ず、短期間でそこまで決めた己を褒めてやりたいぐらいだった。
だがそれはあくまで反乱のために整えた計画の一つであり、レイナルドの本懐には何も関係は無かった。
悪魔と言われても構わないが、レイナルドとしては国が大きく揺らごうとも復讐を果たすことを第一に考えている。
「ザイール子爵」
名を次々と呼ぶ後、レイナルドは心の中で悪態を続けていた。
(お前がローズマリー姉様の侍女を使い暗殺容疑がかかるように細工を仕組んでいたことを知っている。その罪を償ってもらう。殺しても飽き足りないぐらいの不幸をお前に与えてやろう)
私怨すべき相手の名前は全て記憶している。
今回の計画により復讐すべき対象者全てに刑を与えることが出来た。刑罰の内容を計画する時、適当に理由を述べて更に刑罰の内容を重くさせた。
爵位剥奪だけでは物足りない。
鞭打つべきだろう?
馬で引き摺り回そうか。
ああ、でも見せしめにしてしまっては国民の感情が揺らいでしまう。
それは今回の作戦では叶えられない。
だったらそれはまたの機会に。
レイナルドは薄く笑う。
命を繋いでいる間、罪が終わると思うな。
死んだ方がマシだと思わせるほどの苦しみを与えてやりたいとまで、レイナルドは考える。
しかし、マリーと過ごす穏やかな日々によって、怨恨の勢いが多少だが落ち着いているのも事実だった。
その事をマリーに感謝するがいい。
名を呼びながらレイナルドは思う。
ほとんどの諸侯の罪状と刑罰を伝えて終え連れ去られた後、王だけが取り残された。
こればかりは誰にも譲りたくなくて、協力者達も説得した。
どうしても、王だけは自分に任せて貰えないか。
その後の事はどうとでも責任を負う。
王への計り知れない復讐を糧に全ての策略を取り決めた首謀者たるレイナルドの意思を汲む共謀者達は顔を見合わせ、苦渋した後承諾してくれた。
レイナルドが二十年もの間、共に作戦を練ってきたのはアルベルトだけでは無かった。
彼らは幼き少年の頃から復讐に身を染め、時には手を赤く染めることも厭わないローズ公爵の積年の思いを知っていた。
何より今回参加した諸侯達の中にも私怨で動く者もいる。だというのに主犯たるレイナルドの願いを叶えさせず、是正のために復讐を止めることは出来なかった。
反対などしたら、それこそレイナルドが直接にでも手を染め、己が命と共に王と王妃を弑するのではと考えるほどに、彼の怒りは凄まじかった。
人が減った謁見の間で沈黙を保っていた諸侯達は、皆黙って踵を返す。
王が、グレイが「待ってくれ」と情けない声で縋るが、その声に誰一人として止まることは無く。
謁見の間の扉が重音を立てて閉まった。
部屋に残るのは数名の騎士とレイナルド、そして王の姿。
王妃は騒ぎの中で姿を消していたため、現在探しているところだ。
同時に復讐を果たしたかっただけに残念ではあったが、レイナルドとしては順に復讐を遂げても構わなかった。
国王たるグレイは拘束されたまま、騎士によって首元に剣を突き付けられている。身動きできずにレイナルドを睨みつけていた。
睨んではいるものの、既に捕食者に襲われる前の小動物のようで、頬には汗が、顔は蒼白になっている。
レイナルドはこの瞬間を何度夢見たことだろうか。
姉を亡くした時から既に二十年も経ったが、その間片時も忘れたことのない復讐を果たす光景。このためだけに生き延びてきたレイナルドは、思い描く度に何を言ってやろうかとも思っていた。
姉と同じ気分はどうだ、無様な格好だな、泣いて許しを乞うか?
だが、実際にその場面になった時に出てくる言葉が浮かばない。
そうこうしている間にグレイが先に口を開いた。
「私を殺すか」
「…………」
レイナルドは黙る。
当たり前の事を言われてしまい、どう返すかと考えあぐねる。
殺すなど当然ではないか。
「ローズマリーに対する復讐か」
「お前が姉様の名前を口にするな」
心底不快な思いが込み上げ、吐き捨てるように返した。
グレイはハッと笑う。
「罪人の弟は罪人というわけだ」
「姉様を侮辱する口から削ってやろうか」
レイナルドは挑発であると分かりながらも自身の剣を抜き取り王の目前に向ける。まずは舌から抜き取るべきか。
「真実だろう。姉のように人を殺める血筋ということだ。醜い。国に仇なす一族めが!」
「姉様は殺害など企てていなかったと、何度お前に言った!」
愚かなる王は、どんなに言葉を投げかけようとも信じなかった。否、考えられる脳が無いのだろう。
信じる者にしか目を向けない愚かな王。未だローズマリーがティアを弑逆しようと謀ったと信じているのだ。
「誰よりも貴方を想い、国を正すために尽力した姉を蔑ろにした罪は重い。その真実も見れないお前は哀れ以外の何者でも無い。そしてお前如きに生命を絶たれた姉様が不憫でならない」
「お前の姉が不憫だと?」
「あれほど王妃の悪逆を見てきて何を言う。お前がリゼル王子を真に愛せないのも王妃の行いのせいだろう。あれほど血の繋がりを見せているというのに、自身の子であるかすら疑うような愚王だ」
「黙れ!」
逆に挑発すれば直ぐに乗る愚かな王にレイナルドは嘲笑う。
一体、この王は何を見て生きてきたのだろう。ここまで傀儡となり、彼の取り巻きに良いように動かされているというのに、その事実にすら気付かない。ある意味幸せな生き方をしていたのだろう。
レイナルドとしても、姉が関わらなければどうでも良い存在だった。
仮にローズマリーが正式に王妃となった時には、レイナルドはローズマリーが産む次期王太子に仕える事を約束されていた。
姉が産んだ子であれば喜んで仕えようと思っていたが、こんな愚王と結婚しなかった事だけが、姉にとって唯一の救いではないだろうか。
否、そうではない。
愚かな婚約者たるグレイの事は分かっていたのだから、たとえ幼くてもローズマリーを連れて二人で逃げれば良かった。
実際に迫害される姉を見て、何度もそう考えた。
言葉にした事もあった。だが、幼さ故に計画性も無く、姉に気持ちだけでも受け取ると礼を言われるだけで、実行に移すことは無かった。
あの時。
姉が苦しんでいる時。
もっと歳を重ねていれば。
子供でなければ。
今のように考える力があれば。
レイナルドの怒りの矛先はいつだってグレイとティアではあったが。
それ以上に無力であった幼い頃のレイナルド自身が許せなかった。
最も復讐を果たしたい相手は。
己自身なのかもしれない。
レイナルドには復讐を終えた先の事は何一つ思い描いていなかった。
あれほど、復讐をする術は二十年に亘り考えて、作戦を練ってきたというのに。
その後の未来を考えられなかった。
ただ、漸く長きに亘る復讐を遂げられることは。
レイナルドにとって終息の地であり、漸く穏やかに眠れる時が来るのかもしれない。
時折夢に見る処刑の記憶も。幸せだった過去を思い出しては悔恨に身を焦がす日々にも。
やっと解放されることを、心の片隅の何処かで穏やかに待ち受けていた。
(もうすぐです、ローズマリー姉様)
「グレイ・ディレシアス国王よ。民の代わりに粛清しよう」
レイナルドは、かつてローズマリーが好んだ物語の文面を言い換えて告げる。
『悪い王様よ。民のためにあなたを罰しよう』
『次を読んで、レイナルド』
『はい。こうして悪い王様は騎士によって倒されました。そうして助けられたお姫様は騎士様にこう言いました。ありがとう私の騎士様。そうしてお姫様は新しい王子と結婚して、末長く国を平和にしました。お姫様の騎士は新しい王子様とお姫様を守り続けました』
レイナルドは騎士になれない。
そして新しい王子にもなれないけれど。
絵本の結末のようになればいいと。
幼い頃に姉と描いた情景を思い出しながら、剣を振りかざし。
醜い悲鳴が耳にこびりついた。
復讐の幕開けを告げる声だ。




