35.復讐の扉は開かれる
城内中央で最も広い空間である謁見の間は、長い廊下を越えた先にある。
主に来賓や国政の会議、王宮主催のパーティや式典に使われる事が主であるため、建物は王宮内で最も渾身の造りをしている。
扉の荘厳さは王族の長い歴史を表し、豪華絢爛に輝く装飾品は王家の繁栄を示していた。
この扉を最後に見たのは、ローズマリーが断罪された時だった。
王太子の婚約者たるローズマリーを裁くことを、当時王太子の身分であったグレイ王子は公衆の面前で行った。
『お前との婚約は解消する』
『ティアへの殺害未遂、決して許されると思うな』
無実の罪を誤解だと、どんなに叫んでも誰も見向きもしなかった。
謁見の間で周囲に集まる者達全てがローズマリーの敵だった。
罠に陥れられたローズマリーは俯き、涙を堪えながら。
それでも罪を認めることだけはしなかった。
「マリー」
肩に手を添えられ、アルベルトからの気遣いの声をかけられることで私は意識を取り戻した。
扉を前にしてローズマリーの過去に意識が飛んでいたようで、アルベルトのお陰で意識を引き戻せた。
そして、どうして彼が私に声を掛け心配してくれたのか分かった。
彼はローズマリーが何処で断罪されたのか知っているからだろう。
「大丈夫です。行きましょう」
私は安心させるように少しだけ微笑むと、目尻に小さな笑い皺を浮かべながらアルベルトが微笑み返してくれた。
その瞳には、先ほどまで燃え上がるほどの復讐ではなく、強い意思を持った瞳が映っていた。
改めて私は扉の前を見据えた。
謁見の間まで駆けつける最中、反乱に関する全貌をアルベルトから聞いていた。
反国王派は、長きに渡って現国王であるグレイの不正や腐敗した政治を糾弾したいと声を上げていた。
その中心に立っていたのは言わずもがなレイナルドだった。
姿は公に見せず、身を潜めながらも彼は国王に反する賛同者を増やしていった。
秘密裏にグレイ王の悪政たる証拠を集め、王や宰相が行っていた賄賂や恩恵等の金の流れを証拠に掴み。
果ては各地の貴族達の中に密やかに反乱する人員を集めていた。
その署名は貴族図鑑に載っている者の名の半分を超える。
全ての駒を揃えたレイナルドは、大義名分の元に本日集結し王城に向かったという。
リゼル王子に関してはグレイ王と同罪とせず、あくまでも悪政の根幹となる王達の断罪を決め、グレイ王が退任した後、リゼルを王とするよう本人の知らないところで計画されていた。
リゼル王子はその事を黙って聞いていた。
自身も一歩間違えれば断罪される側に立たされていたというのに冷静な様子だった。
更には全ての反乱が終えた後、現国王を断罪すべく声を挙げた者として、リゼル王子に名乗り出て貰おうと考えていた。
「そんなこと……」
リゼル王子が話を聞いた後、否定の声を漏らしたが、アルベルトにとっては想定していた事らしく、彼を見て頷いた後、話を続ける。
「ですから貴方には暫く足止めをしなければならなかった。貴方を一時でも城から引き離す必要がありました」
「それで僕を眠らせたわけだな」
リゼル王子の言葉に驚いて、私はアルベルトを見た。彼は否定せずに黙っている。つまり眠らせていた事は事実なのだろう。
「処罰は覚悟の上です」
「僕が父を退け、王になることを反対するとは思わないのか?」
「そうはなさらないでしょう。貴方ならば」
計画の加担者だというのに、アルベルトがリゼル王子を見る瞳は生徒を見る先生のように穏やかだった。そして、その言葉にリゼルも黙った。
あくまで聞いた上での推測でしか無いけれど。
もし、言葉のままにリゼル王子が王を継承しない場合に起こりうる混乱を考えれば。
空位が続く国の未来、国政が揺らぐ状態が長期化した場合の民への影響や国の影響を考えれば。
リゼル王子は自分の意思とは関係なく、王となることを承諾するだろう。
それもまたレイナルドの作戦の一つだと分かる。
「今回の反乱は内部の人間も含め極秘裏に行われています。反国王派の私兵の手によって国王の護衛騎士達は足止めを食らっている。王宮内に配置した警備の騎士は全て反国王派の者です。ですので、外は撹乱のために騒ぎが起きていますが、その間に謁見の間は制圧されているでしょう」
騎士団長であるアルベルトがいれば、どの騎士を配置するかなど簡単に手を加えられる。
そして決行に至ったのがまさに私が城に向かった日だった。
もし私が気付くのが一日でも遅れていたとしたら、計画は全て終わった後だったのだろう。
ローズ領を別れる時に見たレイナルドの言葉を思い出す。
私の元から二度と消えないで。
この計画を進めるレイナルドの思いが、今のマリーには辛かった。
レイナルドは、私がこの反乱を知る事で離れることを恐れている。
謁見の間は、分厚く中の声は一切聞こえなかった。
だが、中から起きているだろう緊迫した空気が滲むように威圧さを増している。
「開けます」
アルベルトは私とリゼル王子に声をかける。
私とリゼル王子は黙って頷いた。
アルベルトは静かに重い扉を開き。
シャンデリアの輝く光が差し込み、私は目を細めながら正面を見据えた。
本作の書籍化が決まりました。
正直、未だに信じられません。
読んで下さっている皆様や感想、評価を下さる皆様のお陰です。
ありがとうございます!




