34.(過去)王妃の玩具遊び
王妃の回なので、読みたくない方は流しちゃってください。
愚鈍な夫に、策略に嵌る愚かな父。
彼らのようなつまらないゲームはしたくない。
ティアは使い慣れた扇で口元を覆い隠しながら物事を眺めていた。
その目は盤面を眺めボードゲームで遊んでいるようだった。
ダンゼス伯爵家に生まれたティアは、昔から自分の人生が面白くなかった。
子供に見向きもしない父と、社交界の場で華々しく着飾る母。
良いところに嫁いだと自慢する姉がティアの世界に存在した。
ティアはその日常が面白くなかった。
ティアは美しく着飾れば、母のように楽しい毎日を過ごせるのかと考えた。
父にも、父の思う通りに行動すれば必ずお前は幸せになれると言われた。
よくよく思えば、そのような思考にさせるよう仕向けたのは父だったかもしれない。
ティアはしばらく駒として父のゲームに参加した。
ティアは父が言った通り行動した結果、王妃の座に就けた。
父はゲームを仕掛けるのが上手いのだなとティアは思った。
純朴で何も知らない王子を籠絡するのは面白かった。
普段から人間を観察する事を趣味にしていたティアには、男が好む女性を演じることは容易かった。
あれほど美しいローズマリーという婚約者がいても、グレイ王子にティアの言葉や仕草、そして愛らしさを見せれば陥落させ、勝負に勝つと分かっていた。
何よりティアはローズマリーという女が気に入らなかった。
苦労せずに持つ身分、美貌、ありとあらゆる彼女が持つもの。
そのどれもを奪い取ってやりたかった。
ティアはグレイ王子よりもローズマリーを陥れることに悦びを見出した。
ローズマリーは、ボードゲームで遊ぶように王子を転がすティアの事をいつも諫めていた。
王子を本当に愛しているのであれば立場を考えて行動すべきだと、王子との恋愛を擁護するような事まで言ってきた。
それがまた面白くない。
ティアとしては、勝負に負けて悔しそうに顔を歪めるローズマリーが見たかった。
その結果、エスカレートさせた勝負に大負けしたローズマリーは処刑に至った。
遊び尽くした玩具が無くなることは少し寂しかった。
務めと言われ王子を産んだ。
面白味の無い夫が漸く私の事を理解してくれた。恨めしそうに私を睨む。
私は暇つぶしに夫という新しい玩具を手に入れた。
王妃の立場を得て、何もかも思い通りになったはいいが。
ティアは満ち足りなかった。
あれ程幼い頃欲しかったものを全て手にしたというのに満足出来ない。
楽しいゲームは王宮に転がっているが興味が湧かなかった。
沢山の男達に愛された。溢れるほどの宝石やドレスも身に付けた。
母のように煌びやかな世界に立ったというのに何も楽しくない。
一体母は何が楽しかったのだろうか。
全く母と接していなかったティアには分からなかった。
暫くして父であるダンゼス伯爵が王宮から追い払われた。
誰かに陥れられたのだろう。かつてユベール侯爵を陥れゲームに勝った父親が、今度は敗北したらしい。
父は窮地の状況となり、ティアに助けを求めてきたがティアは一蹴した。
父に対して特に思い入れが無かったし、負け戦に手を出すほどティアは愚かではない。
結果、ティアの立場は多少揺らいだものの、全て父一人の行いとされ、王都から追放されていた。
父はゲームに負けたのだ。
一体誰が父を陥れ、ゲームに勝利したのか興味が湧いた。
すると、懐かしい翡翠色の瞳がティアを睨んでいた。
ローズマリーと同じ色をした瞳がそこにはあった。
ティアの加虐心が疼いた。
玩具がまた戻ってきてくれたんだと悦んだ。
つまらない生活が楽しくなりそうだ。
きっとかつて遊んだ玩具であるローズマリーの弟は、王家に復讐を果たしにやってくる。
新しいゲームが始まろうとしている。
何て愉しそうなゲームだ。
ティアは極秘裏に使う諜報員の一人を呼び出し耳打ちした。
王妃という立場でありながら、ろくに権力もないティアが出来る精一杯の遊びを考える。
きっと勝負は父のように負けるかもしれないが、素直に負けるだけでは終わらせたくない。
新しい玩具はどんなことをしてくれるだろう。
あの真っ直ぐな瞳でどんな勝負を仕掛けてくれるのだろう。
かつてローズマリーが真っ直ぐにティアを見据え、自身の行いを正すべきだと注意したことがあった。
その瞳を翳らせたくて遊んだ思い出が蘇る。
またあの瞳を翳らせたら、きっと楽しいだろう。
ティアはクスクスと扇を口元に当てながら、密やかに嗤った。
ティアにはもう、ゲームで遊ぶことしか楽しみを見出せないのだから。