33.この復讐は誰が為
窓の外が騒がしさを増している中、私とアルベルト、リゼル王子が居る廊下は沈黙した空気を放っている。
私はひたすら真っ直ぐにアルベルトを見つめた。
復讐に燃えていた彼の瞳が揺れていることから、説得が響いている事が窺える。
それでも、アルベルトの思いを覆すには至っていない。
だとすればあと一息だと、前へ詰める。
「お願いです。アルベルト」
「…………」
アルベルトからの答えはない。沈黙をもって拒否をされている。
このままアルベルトを置いて王宮に入り、くまなくレイナルドを探せば見つかるかもしれない。
ただ、それでは駄目だ。
アルベルトという一人の復讐者をそのままにできる筈がない。
彼もまた、ローズマリーが遺した罪の形となって今、目の前に立ち塞がっている。
私はローズマリーの記憶に見た悔恨を知っている。
彼女の記憶からマリーとして会う時には知らなかったアルベルトという騎士を知っている。
私は全ての思いを飲み込んで、改めてアルベルトを見つめた。
「アルベルト。この復讐は誰のためのものですか?」
「……?」
突然投げかけられた問いに、アルベルトは怪訝に私を見つめ返す。
彼の疑問に応えず私は続ける。
「この復讐は貴方のもの? それともレイナルド?」
また一歩、私はアルベルトに近付いた。
触れる距離にまで近付いても、アルベルトは私を拒絶することも無ければ触れる様子も無く立ち竦んでいた。
彼の剣を持つ手に手を重ね、焦茶色の瞳を見上げた。
「貴方達が果たそうとしている復讐は、ローズマリーのものでしょう?」
驚く程穏やかに答えられた。
私の言葉に硬直したアルベルトの手をより強く握り、剣の柄を握る指に絡めるように指を添わせた。剣に触れてもアルベルトは拒絶しない。
私は言葉を続ける。
「この剣で王と王妃を殺すというなら、それは私の役目です。ローズマリーを殺した相手を裁くのも私の方が相応しいと思いませんか?」
「ローズマリー様……いや、マリー……?」
アルベルトは混乱に混乱を重ねた様子で、一回り以上歳下の私に狼狽する。
ああ、やっぱり。
さっき見たような復讐に燃えるような目よりも、こうして困ったように見つめてくるアルベルトの目が好きだ。
「貴方達が復讐を望むなら。どうかその役目を私にください」
ズシリと重い剣と共にアルベルトの手を両手で持ち上げて頬に当てた。紙一重に触れそうな剣が、私の髪に触れている。
アルベルトは私の行動に動揺させながらも、決して刃に私が触れないよう力を込めて守ってくれている。
「そんなこと……」
アルベルトが掠れた声で返す。
「そんなこと、出来るわけがないでしょう……!」
叫ぶ声が廊下に響く。
「貴方に、マリーに罪を負わせるわけにはいきません! この復讐は私とレイナルド卿だけに課せられるものです!」
「そうさせたのはローズマリーなのに、どうして私の復讐にはならないんですか!」
私も思いが昂り声を荒らげた。
「ローズマリーは、貴方達が復讐することを喜ぶとでも思ってるんですか? 血に濡れた貴方達を見て、ありがとう、なんて笑うと思ってるんですか! だとしたら!」
だとしたら。
彼らはローズマリーの何を見てきたのだ。
彼女は、ただひたすら二人が大好きだっただけだ。
「お願いだからこれ以上ローズマリーを悲しませないで。彼女の本当の願いを叶えさせてください……」
「マリー……」
剣を持っていた手が、ゆっくりと下される。
私は溢れる涙をそのままにアルベルトの胸に顔を伏せた。
剣を持つ手とは別の手が私の肩を抱いた。
「だとしても、私は彼らが許せない……!」
アルベルトの悲痛な叫びと共に、彼の頬から涙が溢れていた。
どれほど涙を流すことを我慢させてきたのだろう。
顔を上げ、彼の頬を伝う涙を私の手で拭った。
そしてずっと思っていた事を言葉にした。
「それなら私と一緒に復讐しましょう」
「…………え?」
アルベルトは思わず、といったように声を漏らした。
私は構わず続ける。
「ローズマリーが望む形で復讐を遂げさせてください。私の騎士様」
鮮やかに微笑んでみせた。
私自身、ずっと考えていた。
復讐をいくらローズマリーが願わなくても、遺された者の傷は深く、憎しみが消えないままであるのなら。
私なりに復讐を果たさせてもらいたい、と。
涙を零していた騎士は驚いた様子を見せた後、笑った。
ローズマリーが大好きだったアルベルトの笑顔だ。
いつも彼はこうしてローズマリーの我が儘に付き合う時は、困った様子を見せながらも笑って受け止めてくれていた。
それは今も同じ。
「かしこまりました……私の主」
そして頭を下げる。
忠誠を捧げる仕草は、幼い頃のように。
何度も繰り返し遊んだ騎士ごっこのように。
「貴女の、ローズマリー様の復讐をどうか果たさせてください。そしてどうか、貴女をお守りする役目をお与え下さい」
ローズマリーとアルベルトの約束を私は思い出す。
ごっこ遊びを強要していたローズマリーは、いつも彼に忠誠を誓わせて遊んでいた。
その時の言葉を、思い出した。
「はい。お願いします。私の騎士」
「仰せのままに」
復讐だけに燃えていた瞳が消え、いつもの焦茶色の瞳が私を見てくれることに喜んだ。
アルベルトが、かつての騎士に戻ってくれたことに安堵した。
ローズマリーがずっと好きだった瞳の色。
彼女が叶えられず、密やかに芽吹いては心にしまった、小さな初恋を与えてくれた騎士様。
コホン。
わざとらしい咳をする声。
私とアルベルトは目を合わせ、すぐに咳が聞こえた方向を向いた。
「どういうことか説明をして頂けますか?」
「あ」
完全に置いてきぼりをくらっていたリゼル王子が、ようやくとばかりに声をかけてきた。
その顔は先ほどの緊迫した様子とは異なりだいぶ落ち着いているものの少し怒ってる。
「すみません、お話したいところですが今はレイナルドに会わせてください」
「マリー嬢」
「必ずお伝えしますから」
伝えるべき真実が、たとえリゼル王子に辛い思いをさせたとしても。
きっと彼は知ることを望むだろう。
私の思いを汲んでくださったのか、仕方ないとばかりに苦笑された。
「必ず教えてくださいね」
「はい」
「それでは、レイナルド卿の元へご案内します」
私がリゼル王子と話している間に、リゼル王子によって眠らせられていた騎士を叩き起こしていたアルベルトがこちらを見据える。
「はい、お願いします!」
私は改めて気持ちを落ち着かせ頷きながら、心の中に眠るローズマリーを思った。
彼女の望みを叶えられているだろうか。
かつての令嬢を思い出しながら。
私はアルベルトの後を走り出した。