31.前世の私 今世の私
死に物狂いで馬を走らせている間に意識が大分朦朧としていた。
それでも何とか王都に辿り着けたのは、最早奇跡か。
それともローズマリーのお陰なのか。
今までには感じ得なかったほどに、私はローズマリーを身近に感じていた。
それまでは記憶として感じていたローズマリーの気配だったけれども、今はまるで分身のような、不思議な感覚だった。
憑依しているような気持ちのお陰で、乗馬経験が無い私は馬を遠駆けし、王都に辿り着くことが出来た。
疲労した身体はまだ回復を望んでいたがその余裕は無い。
どうにか王都に辿り着き、アルベルトによって救われ、懐かしい騎士団の詰所で一休みさせてもらった。
時間が無いことは承知しており、アルベルトへどうにかレイナルドに会わせて欲しいと頼むが快い返答が貰えない。
もどかしい。
今すぐ城内に向かい、レイナルドと話をしたい。
外の騒音は落ち着いたようだがアルベルトが戻ってこない。
まさか置き去りにされたのではと、ベッドから立ち上がりそっと扉を開けた。
久しぶりに訪れた騎士団詰所は、私が働いていた時と異なる空気に満ちていた。
窓の外から何かを指示する声や走る足音等、忙しない様子が聞こえる一方、詰所の中は静かだった。
そもそも詰所は騎士が待機や仮眠施設として使われるため、人が少ないことは当たり前だが、騒ぎの前であるためか、全く人の気配がしない。
辺りを見回し、念のため人がいない事を再度確認してから部屋を出る。
足早に詰所内でアルベルトを探しながら廊下を歩く。
普段であれば騎士団員とすれ違うはずだというのに、人が居ないため、人を探すには好都合だった。
静かな廊下で聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
誰かと話している声は、久しく聞いていなかったリゼル王子の声色に似ていた。
私は姿が見えないよう、廊下の角で辺りの様子を伺った。
「貴方やローズ公爵が両親に復讐を考えていることは分かっていた。だが、それでは何も解決しない。歴史が繰り返されるだけだと何故分からないんだ」
強い非難じみた声は、確かにリゼル王子の声だった。
「過去をご存知無いリゼル様には分からないでしょう。大切な者を亡くす悲しみと怒りを」
そして、アルベルトの声が聞こえた。
彼らの会話に心当たりある私は息を殺し、会話を盗み聞くことにした。あまり良い行いでは無いが、会話の一端にローズマリーが関わっていることは確実であったからだ。
「私とレイナルド様がこの二十年間、生きてきた理由をご存知ですか?」
小さな笑顔と共にアルベルトは、「復讐という目的があったからです」と囁いた。
アルベルトの声色は低く生気が感じられなかった。
「元国王や王妃だけではない。ローズマリー様の死に関わった全ての者に同じ思いをさせたかった。それには貴方も含まれていました、リゼル王子。ご存知ですか? 貴方の生まれる一年前に一人の罪なき令嬢が命を落としたことを。貴方自身には罪が無いというのに、憎くて憎くて仕方無かった」
言葉で言うには簡単な復讐という言葉の意味が、私やリゼル王子には分からなかった。
確かな殺意を伝えるアルベルトの様子に、私はゾワリとした感覚から鳥肌が立った。
「レイナルド卿とはそれこそ日が落ちるまで、夜通し復讐のために話し合いました。どのように処罰するか、どう殺してやろうか。復讐を成し遂げることを考えることしか生き甲斐が無かったんですよ」
レイナルドからもアルベルトからも、ローズマリーの死後、二人がどのように暮らしていたか聞かされたことはなかった。
けれど今、復讐を糧にすることしか生きていける術を持てなかったことが彼らの真実であることが分かった。
もし、ローズマリーが逆の立場であれば全く同じ行動をしたからだ。
大切な人を奪われる苦しみは計り知れない。当事者にしか分からない苦痛、悔恨、恨み。
置いていった側のローズマリーにも分からない。
生まれ変わり平穏に暮らしてきたマリーである私にも分からない。
レイナルドとアルベルトにしか分からない二十年が在った。
「それでも、レイナルドは最良の復讐の仕方で全てを終わらせようとしています。そして、その復讐を果たすまで貴方達に邪魔されるわけにはいかないのです」
貴方達という言葉に驚き、アルベルトに見破られていたと分かり、私は隠していた姿を見せた。
やはり気付いていたようで、アルベルトは真っ直ぐ私を見ていた。
「マリー嬢……!」
突如現れた私にリゼル王子が名を呼んだ。
視線だけで言葉に応えて直ぐ、私はアルベルトを見つめた。
「分かっています。復讐をしたいという二人の気持ちは、分かっているつもりです。でも」
私の中に潜むローズマリーが、声なき声で叫んでいる。
その想いを汲まずにいられない。
ローズマリーは私の一部なのだから。
「放っておけない。一人にさせたくない。どうか」
ローズマリーが願う思いを届けたかった。
「レイナルドに会わせて。アルベルト」
私であるローズマリーの想いをどうにか届けたいと。
私は、願わずにはいられなかった。