30.(アルベルト視点)復讐の始まり
「アルベルト!」
アルベルトは悲痛な叫び声を上げるリゼルの声に多少を胸を痛めたものの、強固な意思を持って彼を閉じ込める扉に鍵をかけた。
彼がこの事態に登場しては余計に混乱することをレイナルドから言われていたため、事が始まる前に呼び出し、不意を突いて眠らせた。
レイナルドから渡された茶葉には睡眠効果のある薬が含まれていた。長年信頼してくれていた王子には申し訳ないが、処罰も覚悟に、詰所の一室に閉じ込めたところだった。
扉を閉める直前に目を覚ましベッドから起き上がるリゼルと目が合ってしまった。
リゼルの頭がまだ眠っている間に事を済ませておきたかったのだが。
「アルベルト! どういう事なんだ!」
「すぐに終わります。どうかそのままお待ち下さい」
一言告げた後、共に計画を立てていた騎士に見張りを頼みアルベルトは騎士団の詰所から出た。
扉が激しく叩かれる音がまだ聞こえるが、罪悪感に打ちのめされている余裕は無い。
レイナルドから書面で指示された計画実行の日付は本日。
恐らくレイナルドと反王家の諸侯達は城に向かっているところだろう。
悪政蔓延る国を粛清するために国王と王妃を捕らえ、新たにリゼル王子を王とする。
それが、レイナルドが考えた復讐の結果だった。
復讐の内容を聞いた時、アルベルトはすぐにローズマリーが好きだった絵本の内容を思い出した。
彼女が好んだ物語のように復讐を終わらせることにしたレイナルドの気持ちを汲んだ。
それがマリーを慮っての行動だということはアルベルトにも分かった。
マリーと出会ったことで、かつての主君であるローズマリーは復讐など一切望んでいないことを知った。
ローズマリーは生きていた時のように民を思い家族を思い、平和を望んで死を迎えていたのだろうと思った。
しかしレイナルドもアルベルトも、言葉で理解していたとしても感情がそれを納得しなかった。
今も尚、ローズマリーを殺した者が生きているのかと思うと、憎悪が思い出したように心を蝕んでいく。
それでも残虐な方法でもって復讐を果たしてしまえば絶対にマリーは悲しむ。
それだけは、いくら復讐に燃える鬼となった者でも理解した。
だからこそ、少しでも分からないような、自分達が納得出来る復讐方法を考えた。
レイナルドの意見に賛同し、ようやく復讐が果たされる。
長年追い続け夢に見ていた復讐を果たす時に、心がとても昂っていた。
しかし、同時に虚しさも覚えた。
二十年を費やした時に終わりを告げるのだが、こんなものか。
妙に呆気なさを覚えた。
まずは仕事を全うすべきと馬に跨る。
騎士団領から王城に向かう距離は短いが、念のため馬を使い移動しようと思った。
その時、遠くから馬の嘶きが聞こえた。
訝しんで馬の鳴き声がした方向に馬を走らせる。
静かな城内は、最低限の使用人しか置かず、一時的に王命を偽って暇を出していた。城内にいるのは大半が反王家の者達だ。
馬の鳴き声と共に女性の悲鳴が遠くから微かに聞こえた。
アルベルトは鞍を強く蹴って走った。
城内がざわついている。同じように馬の鳴き声が気になる者がチラホラと集まっていた。今回の反乱から警戒するよう配置していたことが功を成していたのか、幾人かの騎士が城門近くに向かっていた。
その人垣を馬で越え、城門を抜けたところで馬が暴れている光景が目に入る。
目を疑った。
「マリー!」
暴れた馬を必死に制御するようしがみついている少女こそ、マリーだった。
心臓が止まるほどの緊張を感じ、アルベルトは逸る思いで暴れる馬の隣に馬を走らせ、どうにか手綱を掴んだ。
マリーの乗った馬は何かに動揺して興奮状態にあり、どんなに宥めても落ち着かない。必死で手綱を離さないようにしているマリーの姿が痛々しく、思わず叫んだ。
「こちらに飛び移れ!」
驚いて顔を見上げたマリーが、アルベルトの顔を見て意を決した。
馬が隣あった瞬間、アルベルトの首にしがみつくよう飛び移る。
アルベルトはしっかりとマリーを抱き寄せ、乗っていた馬が驚き暴れるところをどうにか乗りこなし、落ち着くまでマリーを抱きしめた。
しがみついていたマリーの肌は汗ばんでいた。首にしがみつく手も震えている。息も絶え絶えにアルベルトの名を呼ぶ彼女が無事であることを心から感謝し、アルベルトは改めてマリーを抱きしめ直した。
不眠不休で馬を走らせてきたというマリーを騎士団詰所の一室に運び、簡易ベッドに休ませ、見習いに軽食を用意させた。
別室にはリゼルがいることが多少気になったものの、アルベルトはマリーを優先させたかった。
マリーは未だ疲労を見せながらも、「レイナルドは」と尋ねてくる。
その様子から、アルベルトは彼女が真相に気付いたことを察した。
だが、計画は止まれない。
「今は事が動く前ですから。まずは貴女の体調を回復させて下さい」
聞けば休むことなく馬に乗り、ローズ領から王都まで走ってきたという。
マリーの無茶な行動にアルベルトは苛立った。一歩間違えれば賊に捕まり、二度と戻って来れなかったのかもしれない。マリーは乗馬ができないというのに無茶も過ぎる。普段冷静なはずの彼女の無謀な行動を諫めたかったが、ひどい疲労を見せるマリーに強くも言えない。
何より、マリーが無茶な行動に思い立った時、自身が側にいれなかったことも苛立つ原因の一つだった。
「アルベルトは計画に加担しているのですね」
既に落ち着きを取り戻したマリーが、全てを分かった上で聞いてきた。アルベルトは素直に頷いた。
「今の国王は腐りきっています。粛清することは民のためでもあります」
「確かに腐敗しているのは分かっています。粛清も致し方ないかもしれません。けれど、それ以上に事を荒立てるつもりではないですか?」
彼女の適確な言葉にアルベルトは口を噤む。
王を支える家臣達が現国王を諫め、王を正しき道に戻すことも出来ただろう。
リゼルに協力を得れば事を大きくせずとも解決できる方法もあった。
しかしレイナルドは意図的にそうしなかった。
それが、復讐の一つであったからだ。
「アルベルト」
マリーが確固とした意思を持ってアルベルトを見据える。
「レイナルドに会わせて下さい。今直ぐに」
「ですが」
「お願いします」
蜂蜜色の瞳の強さに酷く既視感を覚えた。
マリーと接する時から、時々ローズマリーの面影を感じることはよくあったが、今アルベルトを見ている眼が、ローズマリーが生きていた頃に見ていたそれと全く同じように思えた。
何処か言葉尻の強さから、普段マリーと接している印象がしない。
違和感が拭えないながらも、承諾することが出来ずにいるアルベルトを、無言で問い詰める気迫。
どうすべきか躊躇している時、部屋の外から騒がしい声と大きな響き音が聞こえた。
警戒し、剣を鞘から抜き出した後、扉を微かに開けた。
外からの侵入ではなさそうだが、騎士団内が騒々しい。
「貴女はここでお待ちください」
マリーに声をかけ、まさかと思いリゼルを閉じ込めた部屋に走る。
不意を突いて閉じ込めたはいいものの、リゼルはアルベルトが幼少の頃より鍛え抜いた逸材でもある。
そう易々と閉じ込められている者でも無いと、アルベルト自身分かっていた。あくまで自分がレイナルドに命じられていたのはリゼルに対する時間稼ぎだった。
それにしても早すぎるのではと、不安に駆られながらリゼルが居るはずの部屋を正面に見ると。
一人の騎士隊員が廊下に倒れていた。
そしてその正面には、騎士から奪い取った剣を構えたリゼルが居た。
普段温厚な様子しか見せていなかった王子の、王族らしい気迫さと共に。
アルベルトを睨みつけていた。
事は最悪の展開を迎えながらも、弟子のように育ててきたリゼルの王たる気質さに。
心の片隅で誉を感じるアルベルトは。
所詮、復讐者である以上に一人の騎士だった。
感想や評価、ブクマありがとうございます。
ようやく展開が後半になってきました。もうしばらくお付き合い頂ければ幸いです!