2.(過去)処刑後の悪役令嬢
処刑を終えた後の絞首台には静寂が訪れていた。
暫く見せしめとするよう、ぶら下がる遺体は風が吹くたびぎこちなく揺れる。
日差しは陰り、人影が一つ、一つと減っていった。
処刑時の喧騒は消え、禍々しい絞首台には見張り兵が一人立つだけだった。
見張りが欠伸をしているところに、誰かが近づき声をかけてきた。
見張りは話しかけてきた男を見た。
様相からして騎士のようだった。
騎士の背後には貴族にしか纏えないような身なりの良い衣服を着た少年が立っていた。
「王からの指示です。書状をお見せしても?」
騎士が懐から書類を出して見せたが、見張りの男にはそれが何と書かれているかは分からなかった。男は雇われなだけで、文字まで嗜んでいなかった。
「遺体を回収せよとご命令です」
見張りは書状に一応目を通し、分かった振りをして頷き、その場を去った。
どうせ遺体は明日には燃やされる予定だった。それが早まろうが見張りの知ったことではない。
遺体の回収が早まった分、仕事が早く終わるのならばと男は内心喜んだ。
見張りの男が立ち去るのを見送ってから、騎士がぶら下がる囚人の前に立ち、暫く彼女を苦しめていた縄を小刀で切り、落下してきた体を抱き留めた。
僅かに開いていた瞳を手でゆっくりと押さえ目を閉じ、口から溢れた水滴を汚れることも厭わず袖で拭った。
体をマントで優しく包み、胸に抱えながら来た道を戻る。
隣を歩く少年は、だらりと落ちた細く冷たい指に、自身の指を絡めたまま道を進んでいた。
馬車に到着すると、まずは騎士が乗り込み、眠る女性を長椅子に横たえた。
向かいに少年が座り、騎士と目を合わせれば、騎士が御者に声をかけた。
馬車が走りだす。
「帰りましょう姉様」
少年が眠るローズマリーに囁いた。
ローズマリーが唯一心を許した弟レイナルドは、姉の手を取り恭しく口付けた。
帰る場所は彼女を苦しめた王宮でも、彼女を政治の道具として扱った自領でも無く、幼い頃に二人で過ごした別荘地へ。
偽物の書状を懐から取りだし、手のひらでくしゃりと潰した騎士は、御者の隣で遠くにそびえる城を見据えた。
同時にレイナルドも窓の外から見つめていた。
あそこには主人を殺した奴等がいる。
あそこには姉を殺した仇がいる。
二人に共通していることは復讐のみであった。
馬車は誰にも見つかることなく姿を消した。
翌日、姿を消した遺体の件で騒ぎが起き、見張りとして雇われていた男が処罰された。
男の言い分を、誰一人として信じることはなく。
死刑囚ローズマリー・ユベールの遺体が発見されることは無かった。