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28.(リゼル視点)若き王子の願い事


 リゼルは、想い人から届いた手紙を何度となく読み返す。

 繰り返し、繰り返し、文章を覚えきるほどに。

 胸元のポケットにしまい、執務の合間に開く。ふとした休息の合間に思い出しては読み、反芻する。

 その文面が社交辞令だということは百も承知しているが、初めての恋の病に浮かされるリゼルにとってはマリーから届いた手紙が全ての憂いを打ち消してくれる御守りのように感じていた。


 

 リゼルは十九年間、恋愛というものには興味もなく、ましてや自身にとって縁無い者であるということを承知していた。

 生まれ育った環境は常人と異なり只唯一の王位継承者。勿論、縁戚を含めればリゼル以外にも継承が出来る者はいるだろうが、現国王の嫡子が自身しかいないことにより、幼い頃から王になることが定められて生きてきた。

 大人達に囲まれて育つ中、同年代が持つであろう感覚がリゼルには分からない。

 歳の近い臣下や家臣の子供などと話す機会もあるが、今ひとつ共感を得ることが出来なかった。

 中でも異性に対する感情は未知であった。

 一般常識の範囲内で女性に対する扱い方や接し方、酷い言い方をすればあしらい方や、果ては魅了すべき方法を知識としては知っている。残酷な言い方ではあるが、まるで剣術稽古のように女性に対する扱い方も教育されてきた。

 正直、必要の無い知識だと思っていたが、今のリゼルにとっては有難い。

 大分身分の差が大きいにしても、マリーは男爵令嬢という貴族の一員である身分を持っている。それが、名ばかりであろうとも、身分社会を重視する王家からすれば充分だろう。

 それでも、ひたすらに想いを寄せてもままならないという事実を経験によって知った。


 マリーは王妃になりたくないのだと、リゼルに強く伝えてきた。

 その拒絶は身分が不相応という感情以上の嫌悪を示しており、リゼルとしても強要したくなかった。

 しかし恋にいくら浮かされようと、盲目となるわけにはいかない。

 

 リゼルは一人の男性である以上に国を治める立場になるべく育てられた。

 その責務を放棄することは絶対に無い。

 だとしても想い人を、そうですかと簡単に諦めるほど、心も弱く無い。

 それ以上に、初めて手に入れられないものが存在することに、得たことが無い感情が生まれることが楽しかった。

 出来ない、仕方ないで終わらせるつもりはない。自身が出来る精一杯の行動を示さない限り、リゼル自身も恋情を諦めきれなかった。


 しかしリゼル自身の事を最優先にするには、現在の王政は脆く弱い。

 盤石揺るがない状況になってからでなければ、落ち着いて自分の事も考えられない。


 何より今、リゼルは王政が大きく揺れるような予感がしていた。

 まず中立派達の動きが怪しい。国の派閥の中でも、かつてダンゼス伯爵寄りであった王妃派と、古来から国王に従っていた国王派と言われる内部と暗黙に分かれているが、その二つの派閥からも様子がおかしいと聞いている。

 急に始まったリゼルの婚約者探しに関しても、始めは国王派の者達が動いていると思っていたが、よく調べると違っていた。

 違和感が拭えない状態だったために、リゼルは独自に家臣を使い内部を調査させたが、想像以上に難航したようで報告が来るのも大分遅くなっていた。

 そしてつい先刻、調査していた家臣から出た名前がレイナルドだったことで、リゼルはようやく納得がついた。


 レイナルドは頭が回る男だ。

 それでいて反王派でも、国王派でも、中立派でもない。派閥に属しているようには見せず、淡々と現在の地位に昇り詰めたように見える。

 勿論、そんな筈は無いだろう。いくら小部族の反乱を抑え、隣国との外交を良好にした手腕があったとしても、内部に取り入るには人脈が必要である。

 国王である父も、祖父であるダンゼス伯爵も警戒し、何度となくレイナルドを調べ上げていることは知っていた。しかし、共謀していると思われる人物が国王派から中立派と、様々な名が出てくる。

 つまり、何かしら彼を陥れるために罠に嵌めようとも、味方から反対され擁護する声が上がってきてしまう。

 父も祖父もどうしようもなく手を出せない状況に彼は自身の立場を置いていた。

 

 そんな彼が、急に事を進めているような気配を感じ取った。

 以前のリゼルでは分からないぐらい微弱な変化。緻密に計画し、弱味を見せることが無かった彼にしては随分急いているようにも思えた。

 彼の事を慕っていたとしてもリゼルはこの国の王子だ。多少王政に携われるようになり、王の代わりに執政に取り組む事も増えた。

 父が決まった家臣に政治を一任していたがために生まれた軋轢を、今の自分であれば直せるかもしれない。努力が結果となるべく、日がな信頼を取り返すよう進んできたつもりだった。

 今が一番大事な時なのだ。

 たとえ恩師であるレイナルドであっても、リゼルは妨げになるのであれば彼を止めなければならない。


 リゼルにはリゼルの戦いがあった。

 各大臣との会議の場で突然決められた婚約者候補を決める話も、平和を維持するに必要だと判断し承諾した。

 リゼルにも分かっていた。早めに後継問題は落ち着かせるべきではあると。

 しかし政治の道具にされるかもしれない婚約者の事を考えれば全てが落ち着いてからでも良いのではという気持ちもあったが。

 どの派閥から婚約者を選んでも亀裂しか生まないのであれば、まずは侍女として仕えてもらう中で選ぼうと、誰が言ったのか……

 リゼルの周囲にはきつい香水や化粧の匂いがまとわりつくようになった。

 よく女性嫌いにならなかったと自分を褒めたい。


 逃げる口実に足を運ぶようになったアルベルトの元で出会った一人の女性。

 侍女としての役割を忠実に守る姿は、今まで仕事もせずに城に住む女性と全く違っていた。

 初対面の時から賢い女性だと思った。

 軽装とは言え顔が分からないように隠していたリゼルを、不審者として嫌悪するでもなく、正しい振る舞いをして迎えた。

 相手を不快にさせないよう、しかし警戒を怠らない姿勢でもって接した時から、リゼルにはマリーが特別に見えた。


 そして簡単に堕ちた。

 彼女が王妃になってくれればとも願った。

 

 隣でリゼルを支えてくれれば、どんなに心強いか。

 彼女自身に惹かれる一方、王に携わる者として彼女の持つ王妃の品格にも惹かれた。

 その二つを兼ね揃えたマリーに惹かれないはずもないのは、どうにもリゼルだけではなかった。


 好意を抱き、隠れて会いに行くようになってから幾日が経った後、彼女はリゼルから遠く離れた地で働くようになった。

 ローズ公爵の元へ。

 その時、第一に考えたことは彼女がレイナルドによって利用されているのではないかという危惧。

 彼にはそうする理由もある。マリーを手駒としてリゼル自身に何か仕掛けてくる可能性を考えた。

 心配するリゼルにはっきりとアルベルトは「心配ない」と伝えてくれた。


「レイナルド卿は決してマリー嬢を傷つけることだけはしないでしょう」


 氷の公爵と呼ばれるレイナルドが本当に傷つけないのか不安もあったが、彼と親交あるアルベルトの言葉には重みがあった。

 言葉の本心までは分からないが、少なくともマリーに何かあればアルベルトが居れば大丈夫だろうと思った。

 何故ならアルベルトもまたマリーに恋慕していたからだ。

 恋愛に疎いリゼル以上に不器用なアルベルトは、見ていて分かりやすいほど彼女を想っていることは、言葉の端々から分かっていた。


 騎士団領で働くマリーに会うためにアルベルトに書状で会う時間を決め、彼に会った時の表情からも分かりきっていた。

 無表情に見えるのに、眼の奥から不満がジリジリと焼けるように燻っているアルベルトには悪いが、いくら尊敬する騎士団長が片思いしている相手だからと言って引く気は毛頭無い。

 マリーは王家に必要であり、リゼルに必要な存在だからだ。


 

 だからこそ、いくら恋敵とはいえども、彼女に被害が及ぶようなことはしないだろうアルベルトから呼び出されたリゼルは、素直に彼の執務室へ向かう。

 胸元に隠した手紙の入ったポケットに一度手を添えた後、執務室の扉を叩く。


「どうぞ」


 リゼルを呼び出した本人の声。扉を開けると、ソファで茶の用意をしているアルベルトが居た。

 自身で茶の用意をしているのは珍しく、「侍女は?」と聞いた。


「今日は非番です。マリーが抜けたために人手不足のままで」


 リゼルに座るよう促し、ポットに入った茶を差し出してくれる。

 湯気立つ茶の香りは少し強めの香り立つハーブティーのようだった。普段ハーブを嗜まないアルベルトには珍しい。


「実は貰った茶葉なのですが、どうも私の口には合わなくて。良ければ飲んで頂けますか?」


 なるほど彼らしいと苦笑し、淹れられた茶を飲む。確かに香りがきついが悪くない。


「それで。呼び出した理由は何だろうか」

「そうですね。貴方ならもう気付いているかと思いまして」


 アルベルトの言葉に少し警戒した。

 彼がレイナルドの事を言っていると察したからだ。


 リゼルとは異なる茶葉を用いながらアルベルトが自分用の茶を用意する。彼が最近好んで飲む柑橘系の茶は、マリーが侍女になってからずっと飲んでいるように思える。

 それまでの彼には茶の嗜好など無かった。そう、言われるままに飲んでいた。

 

 少し違和感が浮かぶ。

 彼に茶葉を贈るような相手とは誰なのだろうと。

 今リゼルが口にしている茶を。


 途端、意識が霞み出した。

 眠くもないのに眠気のような感覚が襲う。


「何……?」


 思った以上に呂律が回らない。まさかと思い、閉じそうな目蓋を必死に開きアルベルトを見た。

 アルベルトは申し訳なさそうにリゼルを見ていた。


 リゼルは、柔らかなソファに倒れ、香り立つ茶の入ったカップがカシャンと音を立てて床に落ちた。




 胸元にはいつだって手紙をしまってある。

 反芻して覚えた文章の末尾にいつも同じ事を記してくれる彼女の想いを忘れないために。


『どうか民にとって良き王となりますよう、心よりお祈り申し上げます』



 その民の一人である貴女のためにも。

 リゼルは良い王になりたかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] レイナルド動きましたか… もうアルベルトはある意味追い込まれましたね… リゼルに盛っちゃいましたから… ここからどう転ぶのか… 期待しております。
[一言] 誰がいいのか選べないー(笑) 作者様の文章が巧みで視点によって私の心情がコロコロ変わってしまいます。 三角関係以上のお話は必ず選ばれない人が出てきてしまうのでなるべく読まないんですが、こちら…
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