27.公爵付き侍女との文通
妹へ
知らないうちにお前が騎士団の侍女になったって聞いて会いに行ったらローズ領にいると聞いた。
お前は何してるんだ?
とりあえずローズ公爵には迷惑かけるなよ。
ついでに俺を公爵に推薦しておいて。
スタンリー・エディグマ
兄よ。
その質問を書状で送るのは遅すぎないかしら。
そして、全くもって心配するどころか自分を売り出せとはどういう性格をしてるのよ。
私は乱暴に兄からの手紙を封筒の中に押し込んだ。
ローズ領に着いてからだいぶ経っている中で、兄からの手紙は初めてだったけれど、返す気分にはなれなかった。
それでも返事を書かなければと、引き出しから便箋を取り出した。
他にもいくつか手紙を書かなければならない。
私は改めて机に便箋を置くと、受け取った何通かの手紙を見返した。
ローズ領に到着し、一息ついてからまず父に便りを送った。
今はローズ領に居ると伝えると、暫くして安心した旨と、ローズ領のお勧め料理を教えてくれた。父は案外グルメなので、この情報はとても役に立った。
それからアルベルトから手紙が届いた。
執筆が不器用な彼の、少し斜め上に引きつった文字で私の安否を確認してくれる。
また、騎士団内からは、私が急に異動したことで不満の声が上がっているから早く戻ってくれると嬉しいと。
これには嬉しさが込みあがり頬が緩んだ。
ニキからの手紙も一緒に送ってくれた。
ニキからは『ローズ公爵が本命なの?』と、とんでもない展開の話が書き記されていたため、丁重に訂正しておいた。
彼女の中で私の恋愛成就が目的になっているのか、アルベルトについても書いてくれていた。
私が居なくなってから気が抜けているようで寂しそうだと。
また、時々苛つくようなところが見えるから、私が帰ってきてくれたらきっと良くなる。
早く話し相手が欲しいから帰ってきてねと。
アルベルトの様子が気にはなったものの、私が帰って改善するのかは些か疑問である。
けれども仲良くなったニキには会いたい気持ちが募る。
彼女には私も会いたいという返事をした。
そして最後にリゼル王子だ。
急な異動に関する謝罪と、会えなくて寂しい想いをつらつらと詩人のように。
英才教育ここに極まれり。
王子という役目が無ければ詩人としても通るのではないだろうか。
もしくは添削している方でもいるのだろうか。
とにかく、恋文だった。
とても、恋文だった。
私は読み終えるのに大変時間を要した。
リゼル王子には、社交辞令を交えた返事を書いておいた。
実際のところ、どう対応すればいいのか正解が分からなかった。
何度となく彼には王太子の婚約者にはなれないと伝えた。
彼は私が大きな責務を負うことを心配に思っていると感じ取っていたため、そこは絶対に守ってみせるよと言葉でも、手紙でも伝えてくれている。
そうではない。
私はローズマリーが死ぬ間際に思い描いた願いを知っている。
そしてその夢は、マリーである私自身にも通じていた。
その願いを叶えるには、王太子の婚約者という立場では叶えられないことを知っているからだ。
それでも直向きに想いを寄せてくれる王子に心が揺れないわけではない。
はあ、とひと息ため息を吐きながら、私は便箋のインクが乾いたことを確認して封筒の中に入れた。
アルベルトへの手紙の返事は、正直何を書けば良いか一番悩んだ。
ニキが書いていたアルベルトの様子が脳裏に浮かび上手く言葉に書き記せない。
筆先を紙に置いては止まる。
どう書けば良いのだろうか言葉が思い浮かばないけれども。
とりあえず伝えたい一言を書く。
「私は無事です。落ち着いたらまた騎士団領でお勤めさせてください」
思った以上に私にとって騎士団の職場は居心地が良かった。
手紙を書き終え、城門付近にある投函所まで足を向ける。
既に夕暮れとなり、遠くの空には星が煌き出している。
「マリー」
背後から声をかけられ振り向くと、リーバーが立っていた。手にはトレイ。片方の腕にはストールを掛けている。
「この時期だと冷え込むよ。ローズ領は盆地にあるから寒いんだ」
「ありがとうございます」
ストールを差し出されたため、有り難く受け取った。
ストールと共にリーバーの手には二つのカップを載せたトレイがあり、一つを差し出される。受け取ると淹れたばかりのお茶が入っていた。
わざわざ私を見かけ、ストールとお茶を持ってきてくれたのだろう。
何か話が始まることを身構えたが、リーバーは静かにお茶を飲んでいた。
城門前から二人黙って景色を眺めていた。少し坂の上にそびえる城門前からの景色だと街並みが微かに見えた。
夜が近づくにつれ、街の上に煌々と灯りが目立ち始める。賑かな灯りに比べると、屋敷はとても静寂に満ちていた。
「リーバー様は」
「うん?」
「リーバー様はレイナルド様にいつから仕えていらっしゃるのですか?」
ローズマリーの記憶でもリーバーの事は微かに覚えている程度だった。その頃、レイナルドには誰も従者が付いていなかったと記憶している。
「レイナルド様のご実家、ユベール侯爵が降格と同時に大量に使用人を辞めさせなければならなくてね。私も職に困ると思っていた時で声をかけてもらったんだよ」
「それって……」
「レイナルド様が十三ぐらいの時だね」
まだ子供とも言える年齢でリーバーという優秀な人材を引き抜くとは。流石としか言えない。
「私の兄はレイナルド様のお父上の執事をしていてね。私はその下で燻っていた時だったよ。お前の力を借りたいと小さな少年が言うものだから、面白くてついてきたんだ」
そしたらこんなに面白いだろう? とリーバーは笑う。
「私もマリーに聞きたいことがあってね。一体レイナルド様とはいつ知り合ったんだ?」
「……アルベルト様の繋がりで」
「ああ、アルベルト様か」
懐かしそうな声色から、リーバーがアルベルトとは旧知の仲だと分かる。
「二十年以上レイナルド様を見てきたけれども、貴女と話すレイナルド様を見ていると昔を思い出すよ」
「昔ですか」
核心をつくようなリーバーの言葉に動揺しつつも、お茶を飲んで落ち着きを取り戻した。
リーバーもまた茶を口にしながら、空を見上げた先に何かを思い出していた
「レイナルド様が姉上様と過ごしている時のようでね。懐かしい記憶さ」
「……レイナルド様のお姉様といえば」
「二十年前に叛逆によって処刑された悪女と言われる令嬢だよ。だがね、私はあの方を知っているが決してそんな方では無かった」
リーバーの言葉に、私は心拍が上昇した。
嬉しい。
亡くなったローズマリーは、国中から悪女と称されていた。悪女と言えばローズマリーと言わしめるほどにだ。
それでも、僅かにでもローズマリーを知る者は噂を信じずにいてくれたのかもしれない。
胸の内が暖まる。
「マリーはあの霊廟を知っているか?」
「霊廟?」
リーバーが屋敷の端を指差した。
「マリーにも伝えておかねばな。誰も近づかないよう言われているが、あそこは霊廟でね。毎日レイナルド様が訪れている。誰も中を知らないけれど、恐らくはローズマリー様が眠られているのだろう」
「え……?」
まさか。
ローズマリーは犯罪者として処刑されている。
この国では犯罪を犯した者は土に眠らされることもなく、神の御許に向かうことも許されず火葬され、灰となる運命にある。
ローズマリーも同様の扱いを受けていたと思っていた。
「あくまで噂だけどね。だが好奇心で入ってはならないよ。昔、賊が入った時、あそこに足を踏み入れて二度と帰ってこなかった、なんて噂も立つほどだから」
ふざけた口調で濁しているが、多分事実なのだろう。
マリーはストールで巻いたはずの体が冷え込むような気がして、慌てて残りのお茶を飲んだ。
「さて。そろそろ夕食だ。夜にはレイナルド様も戻ってこられるだろう」
「分かりました」
私はリーバーと共に屋敷へ歩き出した。
最近レイナルドは仕事で外に出ることが多かったが、それでも夕飯の時刻辺りに戻ってくる。そして毎日私に会いに来てくれる。
今日もきっとこの空に浮かんだ夜空の下で馬を走らせ戻ってきてくれるのだろう。
そうしたら昔と同じように「お帰りなさい」と伝えよう。
屋敷に入る手前で空を見上げれば一筋の流れ星が落ちた。
星が落ちるのは吉凶を表すという。
願わくば幸いでありますように。
私は心で祈りながら屋敷の扉を閉めた。




