26.(レイナルド視点)悪役公爵の願い事
レイナルドは今、最愛の姉が亡くなってから久しく感じていなかった人生が最も満ち足りていると感じていた。
亡き姉の魂が自身の元に舞い戻ってきてくれた事は、既に信じなくなり、呪う対象にもなっていた神に感謝したほどだ。
この奇跡は、レイナルドが築いてきた復讐劇を姉に見せしめるために用意された舞台だとさえ思った。
しかしかの心優しい姉は復讐を望んでいなかった。
優しくも残酷なローズマリー姉様。
二十年にも亘り仕掛けてきた歯車は巻き戻すことなど出来ないというのに。
それでも健気な姉の生まれ変わりであるマリーの瞳が翳ることなどあってはならない。
復讐に燃えるレイナルドでも理性はあった。
ならば多少計画を変更し、こと速やかに終わらせようという考えに至った。
計画に番狂わせはつきものだ。
まず、リゼル王子に婚約者をつけようと計画したところから多少の狂いはあった。
中々婚約者を侍女の中から選ばない王子は少しばかりレイナルドを焦らさせた。
レイナルドとしては、何処ぞの令嬢に恋慕したところで、令嬢を丸め込むところまで計画に入れていた。
そして遂にリゼル王子が想う相手が出来たとアルベルトより報せを受けて行動に移った。
ここで大きな番狂わせが生じる。
リゼルが恋慕した相手が、レイナルドの敬愛して止まないローズマリーの生まれ変わりだったからだ。
この出会いには感謝した。
侍女を集める策略をレイナルドが立てなければ出会えなかった奇跡だ。
国王に反乱を企み共謀していた各諸侯には、計画が難航していることだけを伝えておいた。
本来の流れであれば懐柔すべき王太子の婚約者候補だったが、マリーとなった以上彼女を計画に乗せてはならない。
たとえ思惑通りに事が進まなかったとしても、レイナルドには支障が無かった。
それどころか、少しでもマリーと過ごせる日々を得るためにさっさと終止符を打つことを決めた。
所詮、リゼル王子の件に関しても、侍女であったティアによって立場を奪われた姉の過去を、復讐する者達に同じ目に遭わせるための趣向の一つでしか無かった。
忌まわしきティアが身分も下回る女に王妃の座を奪われる姿を見たいという、レイナルドのお遊びに、マリーを付き合わせるなどしてはならない。
その程度の感覚だった。
今、ローズ領たる自身の元にマリーが居る。
早々に仕事を終わらせマリーと語らいたい。
外出を減らし、仕事に忙殺されていた生活を改め、マリーの望むがままに過ごしたい。
幼い頃のレイナルドには出来なかった事を実現する事が出来る。
心の底から喜びに満ち溢れた。
ただ、その生活を妨げる者が生じている事も分かっていた。
ローズ領にマリーを囲うと知った時のアルベルトの表情が脳裏に焼き付いている。
あれは、忠義ある臣下の顔では無かった。
嫉妬に燃える男の表情だ。
アルベルトがローズマリーに、そしてマリーに向ける感情を知っている。
また、最悪な事にリゼル王子の件もある。
かつて裏切った婚約者の子供に、姉が懸想されるなどあってはならない。
だからこそ、レイナルドは余計に事を進めたかった。
復讐を終わらせ、アルベルトからも引き離し。
リゼル王子には諦めてもらう。
そして、マリーにはレイナルドと共に在り続けてほしい。
幸いな事に、姉の時には叶えられないと分かりきっていた婚姻という形によってレイナルドの元に縛りつける事が今では出来る。
もはや愛情が歪みきったレイナルドには、マリーに対する感情が姉を慕う感情なのか、異性を慕う恋情なのか判別がつかなかった。
ただ、側に在り続けてくれる手段があるのならば、その手を使うだけだ。
レイナルドは極秘裏に使用されている別荘の扉を開いた。
中にはかつて反ダンゼス伯爵派であった者や、中立を唱えていた者の姿がある。
二十年に亘り繋げてきた人脈だ。
(早く終わらせてマリーの元に帰りたい)
帰る場所はいつだって姉の元へ。
「お待たせいたしました。始めましょう」
城の見取り図を卓上に広げながらレイナルドは言葉を紡いだ。
共謀の絆を深めるために用意されたシャンパングラスには。
氷の公爵が優美に笑顔を浮かべる光景が映し出されていた。