23.転生した悪役令嬢とのお茶会(下)
レイナルドが告げた言葉によって、和やかだったお茶会の空気が一瞬にして凍りついた。
「彼女は我が騎士団の侍女です。それはこれからも変わりありません」
「それでは王子からも政略争いからも逃れられない」
「護ってみせます」
「剣しか能のない騎士風情に何が出来る」
これが、二十年より前には和やかに過ごしていた幼馴染みと弟の姿なのだろうか。
私は怖くて口出し出来ずに二人の会話を聞いていた。
「ローズ領が安全だと言えますか? 王の配下が潜んでいるかもしれないでしょう。誰がマリーを護るというのです」
「王宮以上に危険な場所は無いと思うが? それにリゼル王子をどうするつもりだ。時間稼ぎはもう持たないだろう」
「…………」
幼い弟は口が回るし機転も回る賢い子供だった。こうして四つ上の幼馴染みに対して口で負かしていたのは昔も今も同じだが、内容が内容なだけに私はどうしたものかと冷えた紅茶を飲み干した。
「私は……」
「アルベルト。私はもう、姉様を手許から引き離されたくない」
レイナルドが領地で不安に駆られている間に罪を着せられ、気付けば取り返しのつかない状態になっていた。
弟が今でもその事を引き摺っていることが感じ取れた。
「私も同じです。もうお側を離れたくない」
アルベルトもまた、遠征の指示がある間に事が済んでいた。
二人から窺える悔恨の深さに、私は何も発することが出来なかった。
何故もっとグレイ王子やティア、ダンゼス伯爵の事を警戒しなかったのだろうかと、悔やむばかりで。
誰もが悔しさを胸に残し続けてきている。
「アルベルト」
どうにかしたくて、私は騎士の名を呼んだ。
「王子との件が落ち着いたら騎士団侍女に戻して頂けますか? 私としても仕事を覚えたばかりなので、去るにはとても寂しいです」
きっと最善の策は、王宮から離れることにあると思い、アルベルトに意思を固めてもらうために声を掛けた。
私自身、王宮には何の興味もないけれど、ニキやようやく名前を覚えた騎士団の方達と別れるのは寂しい。けれども、これ以上リゼル王子の想いを隠し通すのも無理であることは分かっていた。
恐ろしいのは、王子の気持ちを悪用する者が出たり、私を駒に事を動かす者が現れること。
ローズマリーの時に散々痛い目を見た。これ以上、現世でも辛い思いを誰にもさせたくなかった。
「分かりました………」
重苦しい雰囲気と共にアルベルトが承諾してくれた。
「それではマリー。次にお会いする時には私の領地でお会いしましょう」
直ぐに手続きを進めると約束をしてくれたレイナルドは、ローズマリーと交わし合っていたように頬に口付けをしてくれた。
挨拶の代わりだというのに、紳士となったレイナルドの自然な口付け。
まるで別人からの挨拶に思えて、少し気まずさを覚えながら私もレイナルドに返す。
私のキスに嬉しそうにし、それでも別れる時の顔はいつも悲しみが隠れている。
恐らくそれは、生涯私達を縛る呪いだろう。
別れは即ち死を表していた時を思えば致し方ない。
せめて悲しみが消えるよう、私は微笑んだ。
「ローズ領、楽しみにしています」
「はい。姉様が好きだった花と、マリーが好きな花を揃えてお待ちしています」
名についた薔薇とマリーゴールドを揃えて。
季節がいつであろうと、きっと成し遂げる意志の強さを感じた。
帰りは馬車だと余計に目立つことを理由に、アルベルトが乗ってきた馬に乗せてもらった。
相乗りして馬を走らせるアルベルトから一声も無い。
まだ納得出来ていないのだろうかと不安になる。
「寒くありませんか?」
ようやく聞こえてきた声に、私は首を横に振った。
空は既に夕暮れ時となり、茜色の空が広がる。
走らせていた馬が歩き出し、遂には止まる。
「アルベルト?」
人通りが少ない畑の道だった。舗装が行き届かず、行きに揺れを強く感じた場所だろう。城内の筈だというのに、人も家も目立たない広場だった。
振り返り見上げたところに、苦悶に満ちた顔が茜色に染まっていた。
彼はまだ、納得出来ていないのだ。
たとえ理性で分かっているとしても、気持ちが追いつかない。
無表情なのに感情的な幼馴染みらしかった。
「アルベルト。大丈夫。今度は絶対に大丈夫だから」
手綱を引いている手の上に指を添えた。
無骨な手は剣だこが出来ている。所々に傷が残る肌。ローズマリーが知らない間に出来た傷が、彼の成長と年月を紡いでいる。
私はこの手が誇らしかった。落ちぶれることもなく、ずっとローズマリーの騎士でいてくれたアルベルトが誇りだった。
「心配してくれてありがとう」
ローズマリーの時には素直に伝えられなかった気持ちが今なら伝えられる。
身分も何も関係ない、たった一人の私の騎士。
「貴方が護ってくれるって信じてます」
伝えた瞬間、力強い腕が私を抱き締めた。
手綱を掴んだまま私の肩に手を回し、首元に焦茶の髪が届き頬を擽る。
突然の抱擁は、恥ずかしさ以上に動揺を生んだ。
「どうしたの?」
答えは無く、余計に力が込められる。
苦しいぐらい抱きしめられ、段々羞恥が強まってくる。
思えば家族以外にこんなに抱きしめられることは初めてだった。
それも私をひと回り超えた年上の男性に。
父親とは違う香りが鼻腔につく。
不快ではない安心できる香りだった。
あまりに強く抱きしめられるため、恥ずかしいながらも相手を落ち着かせるようにアルベルトの背中に腕を回した。
筋肉の引き締まった、逞しい背中。
これが私を護る騎士の背中なのね。
「アルベルト?」
「…………何でもありません。失礼いたしました」
漸く顔を上げ、至近距離で微笑んでくれた。
その笑顔に私もホッとして笑みを返す。
「参りましょう」
手綱を改めて引き、馬を歩かせる。
何故、アルベルトが急に私を抱き締めたのか答えは無かった。
しばらく黙って馬に乗りながら、私はずっと体に残るアルベルトの温もりと、彼の香りを思い出しては、茜色に頬を染めていた。