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20.一転した世界

「おはようございます、マリー」

「おはようございます……アルベルト様……」

「敬語はやめて下さい。貴女は私の主人なのですから」


 何がどうして、仕事に訪れた侍女に恭しくお辞儀をする上司がいるだろうか。




 私の生活が一転した。

 レイナルドとアルベルトにローズマリーの生まれ変わりであることと、過去の記憶を持っていることがバレてしまった。

 以降、冷酷の公爵は私に甘く、頼り甲斐のあった騎士団長は身分が下の私に跪く。


『我が主。貴女にもう一度忠誠を誓わせて下さい』


 ローズマリーが幼い頃にやらせていた騎士ごっこよりも、うんと格好良くなった騎士団長の忠誠に私は顔が赤くなることを止められなかった。


『マクレーン様、どうか今までのように接して下さい!』

『マクレーンと呼ばないで頂きたい。どうか昔のようにアルベルトと』


 結果、せっかく呼び慣れてきたマクレーン様もといアルベルトは、以前と全く違った態度で私に接するようになった。

 とはいえ、上下関係は変わらない。

 前世は前世、今世での私はただの侍女。

 再三その事を二人に告げれば、大変納得いかない様子だったものの、どうにか理解して頂いた。


『姉様、いえ、マリー嬢。ようやくお会い出来た喜びをこれでお終いにはしないで下さい。また次にお会いする約束を今取り決めて頂きたい』


 逃さないぞ、という脅しに聞こえるのは私の思い違いだろうか。


 渋々次の非番に同じ場所で会う事を約束し、とりあえず刻限もあるためカフェを後にした。

 そして翌日から、アルベルトの態度が見違えるほど違うため、私は散々ニキに問い詰められることになった。


「ねえ、一体何が起きたの?この間の非番の日に何があったの?」


 アルベルトと親しげにあることに、喜ぶどころか恐ろしいものを見るような目でニキが尋ねてくる。

 初めは、非番の日に私とアルベルトが出掛けた事を耳にしたニキが嬉しそうに聞いてきたところで、当のアルベルトがやってきて。


『おはようございますマリー嬢。昨日の出来事は夢ではないのですね』


 と、蕩けんばかりの笑顔で挨拶された日には、誤解されるような言い方をしないでと責めた。

 すると叱られた子犬のように申し訳ないと告げ、尾を引かれるような名残惜しさで執務室に向かって行った。


 からの、ニキの問いだった。


 私は何とも言えず濁すしかなく、後でアルベルトに説教が必要だと噛み締めた。




 すっかり年上になったかつての幼馴染みにして従者だった騎士の元に、何時ものようにお茶を出す準備を整え執務室をノックした。

 今までは「どうぞ」と掛けていた声を待っていたが、訪れたのは勝手に開く扉の音だった。


「そろそろだと思っていました」


 まさかの上司からのお出迎えである。

 私は、動揺を堪えながら「失礼します」とだけ言って、執務室の中に入った。



「いい加減自覚してください。私はもうローズマリーじゃないんです。今は貴方が私の主人なんです!」


 彼のお気に入りである柑橘系のお茶を力一杯差し出しながら私は告げた。

 始めは「主人に茶を淹れて頂くわけには」と遠慮していたアルベルトだが、本来の立場を今のように延々言い聞かせ、侍女の仕事をさせてもらっている。


「承知しています。マリーは私の侍女です」


 嬉しそうにアルベルトが答える。


「だったら朝から敬語で話しかけたり、扉を開けに来たりしないで下さい」

「それは無理です。貴方は私が忠誠を誓った方ですから」


 さっきと言っていることが真逆じゃないか。


 私は押し問答のようなアルベルトのやり取りに辟易し、彼を無視してお茶のおかわりを入れたポットを用意した。




 ローズマリーが生きていた頃、アルベルトは騎士に成り立てだった。

 騎士団で一部隊を任されるぐらいの実力を発揮した後、王妃となるローズマリーの護衛騎士になる予定だった。

 まだ若手の一人であった彼とローズマリーは王宮では顔をたまに合わせる程度の間柄だったが、会えばアルベルトは変わらぬ忠誠を常に告げていた。


「貴女のお役に立てるよう今日も励んで参ります」


 自分には剣術しか能が無いから。

 だいぶ精悍さを増し、騎士らしくなったアルベルトが誇らしかった。

 自分も彼に恥じない王妃になろうと思っていたものの、結局ならず仕舞いに終わってしまったが。


「マリー様は」

 ジロっと睨む。

 アルベルトがコホン、と咳をする。


「マリーはいつから以前の記憶をお持ちだったので?」

「半年ほど前です。以前から何となく生活する時に知らないはずなのに理解している事があったりはしたのですが、それがローズマリーの時の記憶だと思い出したのは最近です」


 それが縄がきっかけだったなんて彼にも弟にも絶対に言えない。

 言えば絶対に悲しむからだ。


「思い出して頂けて嬉しいです。こうしてまたお会い出来たのだから」


 胸元に手を置いて喜びを表現する彼の微笑みに照れ臭さを感じ、視線を外す。


「そうは言っても、私はローズマリーそのものではありません。私はマリーですから」

「存じ上げています。同じように私も貴女が知っていた頃のアルベルトではありません。お互い様です」


 確かに、ローズマリーだった頃のアルベルトはこんなに口が達者では無かった。

 不器用で、けれども剣に直向きな少年らしさを残していた。

 三十も半ばを超えた大人の男性となった彼は、もはや当時の記憶からすれば全くの別人だろう。


「生憎、歳だけをこうして重ねてしまいましたが実力は当時より上回ると自負しております。安心して護られて下さい」


 何から護るんだ、何から。


「一介の男爵令嬢である侍女を護るというにはアルベルトの立場は上過ぎます」

「立場は関係ありません」


 手を掬い取られ、かつてごっこ遊びでやっていた騎士の誓いを立てる。

 手のひらに微かに残る唇の温もり。


「忠誠は今も貴女にありますから」


 とうに許容を超えたアルベルトの行動に。

 結局仕事が手につかなかった。




「そういえば、最近王子がいらっしゃいませんね」


 ローズマリーである事が分かってから幾日が経ち、明日はついに非番の日となる。

 非番と非番の間に必ず一日は顔を出していたはずのリゼル王子が訪れなかったことを思い出した。

 そもそも、レイナルドに王子をどうするか相談しに行ったというのに、まだ解決方法が出ていなかったではないか。


「その事でしたらご心配なく」


 普段無表情が嘘のようにアルベルトは笑った。


「ちゃんとレイナルド卿と共に手は打っております。マリーは気にすることはありませんよ」


 いつの間に。

 嫌な予感しかないアルベルトの言葉に、不穏な感じしかしない。

 けれども私の騎士は笑っているだけで答えない。


 笑顔のまま答えを伝えることのないかつての幼馴染みの姿に、私は諦めることにした。

ようやくあらすじの伏線回収ができました。長かった…

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― 新着の感想 ―
[一言] マリーでいようローズマリーであることは隠そうとしているマリーがどのように二人にバレるのかと思っていたのですが、自然な流れと罠のはめ方に笑いつつ納得させて頂きました 望んでいた幸せな人生を得て…
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