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1.マリーの前世は悪役令嬢

「マリー。大丈夫か?」


 目を開けたら、男性が私を心配そうに見下ろしていた。

 目尻に僅かな皺があるが、顔立ちが童顔のせいか、見た目は若く見える。

 不精に伸ばした榛色の髪、蜂蜜色の瞳。


「マリー?」


 男性がもう一度名前を呼ぶ。

 マリー。

 マリーって誰だっけ。


 頭がまだ混乱する。

 さっきまで見ていた処刑台の光景が忘れられない。

 たった今まで囚人として立っていたというのに、今の状況が分からない。


「あの……」


 ようやく絞り出した声が、私の声?

 馴染みがあるような無いような。


「ああ、マリー良かった。目が覚めないかと思ったよ」


 男性が嬉しそうに優しく私を抱きしめた。

 懐かしい牧草の香り。

 そうだ、この香りは知っている。


「お父様……」


 私は、マリーはようやく思い出した愛しい父の背中に腕を回した。



 私の名前はマリー・エディグマ。

 王都からだいぶ離れた辺境の町に住む小さな男爵家の長女。

 年齢は十八歳。母は幼い頃に病死、兄と父と三人暮らし。

 そして、ローズマリー・ユベールはかつて私だった人。


(生まれ変わりなんて、物語みたいね)


 カップに注いだホットミルクを飲みながら、思わず苦笑した。




 今の今まで記憶にすらなかった過去の私を思い出したきっかけは単純だった。


 男爵という爵位がありながらも平民と同様の生活をしていた私が日課としていた家畜の世話をしている最中だった。

 牛の乳搾りを手伝った後、冬に備えて薪木を集めようと縄を取り出し、林に向かうところだった。

 縄を手元に手繰り寄せているところで、急に牛が暴れ出し、その音に驚き間抜けにも足下を崩した。

 何の因果か、手繰り寄せていた縄が首元にかすった瞬間。

 絞首台がフラッシュバックし、その場に倒れた。


 倒れている私を見つけた父は頭を打ったと思ったらしく医師を呼んだらしいが特に怪我した様子もなく、意識を失っただけだと言われていたが。

 かつて最愛の妻を亡くした記憶を思い出させるのか、いたく心配させてしまった。



「ごめんなさいお父様。もう大丈夫です」

「そうかい?でもマリーは働きすぎだから休むにはちょうど良い機会だったんだよ。せっかくだからゆっくり休みなさい」


 優しく頭を撫でてくれる父の掌の温かさを心地良く感じながら、小さく頷いた。


 私としても、突然思い出したローズマリーの記憶に動揺しているのも事実。

 改めて思い出してみると、まるで絵物語のように鮮明に思い出せる。





 侯爵令嬢であったローズマリー・ユベールは、現国王であるグレイ・ディレシアスの元婚約者だった。

 幼い頃から厳格な父により王妃として相応しくあれと躾けられた。

 華美なドレス、貴族たる礼儀や礼節。淑女としての振る舞い。

 野心家であった父は平民や領民を金を生み出す物として扱い、息女を政治の道具として使った。

 愛情無い父の言う通りに王太子の婚約者となったが、結果、政治の道具らしくボロ雑巾のように扱われ罪を被り絞首刑となった。


 その悪辣たる歴史はマリーとして生まれ変わっても知っていた。

 ローズマリーという名の悪女。

 王太子の婚約者でありながら非道な行為で女性に暴力をふるい、ふしだらな女として悪評名高い犯罪者。


(噂って怖いわ……)


 男性経験など皆無。婚約者ともお茶の席でしか会話をしたことがないような貞節の鑑だったというのに。

 真実は隠蔽され、諸悪の根源は亡き令嬢に全て押し付け、絞首刑と共に闇に葬られたらしい。

 結果、悪役は退場、主役となった王太子と大恋愛の末に結婚したティア妃は輝かしい挙式を行い、今では絵本にもなっている。

 そういえば小さい頃、無意識だったもののこの絵本が大嫌いだった。



 ベッドの上で大きく腕をあげ伸びを一つ。

 生まれ変わった私、マリーには何のしがらみも無い。

政治的な陰謀も、悪質な女の嫌がらせも、私を疎ましく見つめる婚約者も。


「平和が一番ね」


 父譲りの榛色の髪を結い、蜂蜜色の瞳で微笑んだ。

 牧草と家畜の香り、焼き立てのパンの匂いがする今の我が家が愛おしい。


 窮屈だったローズマリー。


「今の私は幸せよ」


 私はかつて私だった人に囁いた。

 きっと私だったローズマリーも満足してるでしょう。


 


なるべく毎日更新できるように頑張ります…

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