18.悪役公爵の尋問
「貴女はローズマリーですか?」
「いいえ、違います」
この会話、ローズマリーが小さい頃に勉強してた外国語の典型文に似ている。
と思ったけど絶対にそんな事は口にせず、私は初志貫徹し続けた。
勢いで出てしまった態度が取り返しもつかないことは、先刻目の前で号泣をした時から身に染みている。 そして、そうなった場合の対処法もたったさっき学んだばかりだ。
誤魔化すしかない。
「では何故、レイナルドを名前で呼んだのですか」
切羽詰まった様子でマクレーン様が問い質してくる。確信したように、私に敬語で接してくる。
「聞き間違えです。それよりマクレーン様、私に敬語などお止めください」
「貴女がローズマリーであるかもしれないのに、そんなこと出来る筈がないでしょう!」
迫り来るかつての騎士は、だいぶ大人になったと思っていたけれど、こうした様子を見ていると、当時の若さが垣間見える。ローズマリーの立場を無視して、無茶をする彼女をよくこうして大声で叱ってくれていた。
が、懐古に浸るのは今では無い。
「ローズマリー様といえば、亡くなられたローズ公爵の姉君と聞き及んでおります」
「そうです。ですが……!」
「考えてもみてください。私は生まれた時からエディグマにおり、エディグマ男爵の娘でした。その事実は父も兄も存じております!」
至極真っ当な事言ってる私。
それはそうだ。
生まれ変わりなんて、たとえ考えたとしても言葉に出来ない。
言ってしまっては頭がおかしいのではと思われるだろう。
マクレーン様も同様に考えているようで、どうにか得たい答えをどうすれば導けるのか考えあぐねていた。
しかし、横目に見るレイナルドは、暫く口を閉ざし考え込んでいる。
マクレーン様は誤魔化し切れても、頭の良い弟を誤魔化し切れるか不安だ。
ならば先手を打つしかない。
「実は先ほどレイナルド様とお話ししている時に、意識が薄まっておりました。そのため私自身何を発言したのか記憶が曖昧なのです」
両手を重ねておねだりするように微笑んでみせた。
「まるで信じられないかもしれませんが、そのローズマリー様が私の元に訪れてお話されたのではないでしょうか」
「そんなこと……」
「ですが事実なのです。私自身、何故あのような事を申し上げたのか分からなくて」
口元に指を置いて俯いてみせる。
すると、今まで黙っていたレイナルドが大笑いしだした。
「いや全く貴女には驚かされます。マリー嬢。ローズマリー姉様の生まれ変わりのお姿ですね」
マクレーン様も口に出来なかった仮説を堂々と口にした。
「何を仰っているのですか。そんなはずが……」
「姉は存じあげていないのも確かなのですが、実は姉の死後に試したことがあったのですよ」
レイナルドは懐から何かを取り出すと私に見せてきた。
小さな麻袋が付いたネックレスだった。
「この中には亡くなった姉、ローズマリーの遺髪が入っている。彼女が亡くなった事が信じられなかった私は、彼女が亡くなった後、ある呪術師の元に行ったのです」
「呪術師……?」
胸騒ぎがした。
弟は懐かしそうに麻袋を撫でる。その仕草から、中には本当に遺髪が入っていると確信した。
「まさか本当に実現するなんて思いもしませんでしたが、やってみる価値はあったようだ」
「一体何をされたんです?」
マクレーン様も初耳だったらしく、レイナルドに向けて聞いている。私は早打ちする動悸をどうにか落ち着かせたくて胸元に手を置いた。
「呪術師に姉様の魂を引き戻し、生まれ変わることを依頼した」
レイナルドの言葉が一度では理解出来ず、何度も頭を反芻した。
生まれ変わる事を依頼?
呪術師に?
呪術師とは、国の未来や災いを予知するために集う集団で、公に姿を現す事がない秘密裏の組織だった。
胡散臭い事この上無いが、過去国の災害を予知し、被害を最小に抑えた事もあり、貴族の一部には存在が知らしめられている。
ローズマリーも王家の婚約者の一人として教えられていた。
呪術師に何が可能かは分からないが、未来を予知することもできる呪術師であれば、生まれ変わりを実現させることも可能なのだろうか。
「だ、だとしても、何故レイナルド様が呪術師に依頼することができるのですか!」
本来呪術師は王家の任務にしか動かない。
いち侯爵家の子息の願いを、しかも犯罪者とされるローズマリーを生まれ変わらせるなど、有り得ないのでは。
そう、有り得ない。
あ。
しまった。
慌てて顔を上げれば、レイナルドがとびきり甘い笑顔で私を抱き締めた。
「罠に引っ掛かってくださりありがとうございます。姉様」
ずっとお会いしたかったです。
愛してます。
延々囁き紡がれる言葉が耳に入らない。
私は、自分で招いた墓穴にひたすら落ち込んでいた。
どういうことか未だに分かっていないマクレーン様に対し、私を抱き締めたままレイナルドが回答した。
「そもそも男爵家の息女が呪術師の存在を知っているわけないんだよ。アルベルト、お前だって知ったのはつい最近だろう?」
「ああ。騎士団長になった時に教わった」
「そう。それだけ極秘情報である呪術師の名を出したのに、マリー嬢は不思議に思うことなく存在を理解した。その存在を知ってる女性なんて、王妃かその婚約者ぐらいだろう」
嵌められたことに気付いた私は何も言えずされるがまま抱き締められていた。
「よくお顔を見せてください姉様。まさかこうしてまた貴女を抱き締められるなんて」
蕩けるような声色と至近距離で見つめてくるレイナルド。
「本当に、ローズマリーなのか……?」
かつて忠誠を誓った騎士が声を震わせながら私の近くで跪いた。
もうはぐらかせる状況では無いと察し。
「……………………はい……」
私は観念して肯定した。
ちなみに。
「本当に呪術師に生まれ変わりの依頼を頼んだということは?」
マクレーン様の問いに。
やはり翳りある笑顔を含みながら、レイナルドは沈黙を通した。